第66話 最悪の再会

「グレア……なんでここにいるの? あなたは王都の近郊でモンスターたちに殺されたって……あなたがつけていた指輪だって……なんで?」

 元婚約者は狼狽ろうばいしたように言葉を続けていく。節々から恐怖による震えがわかる。俺を幽霊ゆうれいだとでも思いこもうとしているんだろう。そんな現実から逃避するような視線に痛々しさしか感じない。


「何を聞かされていたのか知らないが、俺はそのクソ王太子に誘拐されて、このダンジョンに落とされたんだ。こいつは、自分に不都合な俺を誰にもバレないようにここで殺そうとした。でも、残念だったな。俺は生きていたんだよ。必死にダンジョンで、仲間を見つけて、食いつないでなっ!! お前たちが雇っていた監視員である奇術師のマーリンも寝返らせて、俺が死んだと思いこませる。まさか、ここまでうまくいくとはな。殿下、ソフィー、俺はお前たちを許さない」


 その怒気をはらんだ言葉に二人の顔面の色が白くなっていくのが見える。

 まずは王太子だ。


「このやろうっ」

 最後に会った時と同じように、クソ王子は俺に殴りかかろうとしてきた。

 だが、ダンジョンで鍛えられた俺にとっては、完全なシロウトの遊びのようなもの。左手で王子の右手をキャッチすると、思いっきり力を込める。ミシミシと何かが壊れていく音がした。


「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ」

 王族として、臣下から暴力を受けるなんて思ったこともなかったはずの王太子は絶叫を上げて必死に振りほどこうとする。しかし、こいつが動けば動くほど、俺はイライラして力を強めていった。


「ギャアギャアうるせぇな、兄妹そろってさ。どうせ、お前たちは俺たちが殺した王国の守護竜にでも会いに来たんだろ? 竜を倒した俺に、お前みたいなシロウトが相手になるとか、本気で思っている?」


「はぁはぁ、兄妹、だと?」

 こいつが一番ダメージを受ける切り札を使う。


「悪いな、そういうことだ。よく考えてみろよ。おかしいとは思わなかったか? お前の妹の行方不明がこの近くで起きている。そして、俺はお前たちに復讐するためにここで生き抜いて来た。つまり、そういうことだよ」

 こいつの口調を真似して、俺は含み笑いを漏らした。

 

「妹は関係ないだろ。お前、ローザになにをした。妹は……妹は……」


「お前たちがしたことと同じことをやっただけだ。運が良ければ生きているかもな」


「……なっ。オエっ」

 目の前の男は、握りつぶされた手で口を隠そうとしていたが、間に合わなかった。

 嘔吐おうとして苦しそうにそれを吐き出す。


「冗談だよ。冗談。お前の妹は、このダンジョンの安全なところで生きている。でもな、嘘はいけないぞ。お前の妹は恐怖で、何度も謝罪しているんだ。アイナ、マリン、ごめんなさい。ごめんなさい。あなたたちがこんなに怖い思いをしていたなんて思わなかったの。許して、許してってさ? 兄のお前だけじゃなく、妹も自分の手を汚していたんだろ。気に食わないという理由だけで、罪もないメイドを……」


「俺たちは王族だ。俺たちが法律だっ!! この国は、俺たちのもの」

 結局、こいつの思考は腐っている。まさか、こんな状況でもそんな腐敗した言葉が出るなんて……


「勘違いするなよ。このダンジョンの中は全員平等だ。力があるかどうか。それだけしか尺度はない。お前たちが王族なんてこの場所じゃ関係ないんだよ」

 王太子の顔を右手で平手打ちする。あえて、手加減した。ただ、ここでは自分の常識は通用しない。そう思わせるためのものだったから。


「ローザ、ローザ。妹はどこにいるっ!! グレアっ」

 さすがは、プライドで飯を食っている王族だ。迫力だけはある。

 

「ずいぶん、いさましいな、殿下。そんな泥にまみれた顔。王都のお気に入りの女が見たら、幻滅するかもな」


「うるさい、うるさい、うるさい。早く、妹を出せぇ」

 まぁ、そう言われるだろうとは思っていたよ。だから、準備はしてある。


「わかった。でも、お前にとっては残酷な真実だ。しっかり覚悟しておけよ。ボールス、ローザをこっちに」

 俺は騎士にそう告げる。実は、もうすでに彼女をここまで移動させていた。ずっと陰に隠していたんだ。


 ある意味、これは偶然の産物。だが、このシスコン王子には最悪の状況だろうな。


「お兄様? あれ、ここにいたんだぁ」

 目の焦点はあっていない。どこかフワフワした口調。少しだけこびへつらうようなトーンからは、以前のようなプライドに満ちた王族の様子は全くなかった。


「ローザっ!! ローザ。俺はここにいるぞ。よかった、無事で」

 王太子は、ずっと会いたかった妹へすがりつくように、走った。


 しかし……


「あなた、誰? 汚い手で私にれないでよ」

 ローザは、強い口調で兄を拒絶する。


「何を言っているんだ? 俺だよ、お前の大好きな……」

 そんなすがりつく様子は、ローザをますます拒絶させる。


「気持ち悪いっ。ねぇ、助けて、グレアお兄様っ!! 変な男がわたしにつきまとってくるの」

 王子の顔は絶望に染まっていく。

 ダンジョンに幽閉された恐怖で、心が壊れ、俺を兄だと思い込んでいる王女は、実の兄をかえりみることもせずに、俺の元へと走ってくる。


「嘘だ。こんなのって、嘘だっ!!」

 王子は声にならない絶叫を上げながら意識を失った。


――――

(作者)

次回の更新は3月3日(金曜日)を予定しております!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る