第65話 王太子とソフィーダンジョン突入

―ソフィー視点―


 私たちは馬車で州都から死の迷宮ラビリンスへと向かう。

 もしかすると敵に襲われるかもしれない。そんな緊張感をまとったまま、馬車は無事にダンジョンの入口に到着した。


「ここですね」

 まがまがしいオーラを感じる。ここは、熟練冒険者でも死と隣り合わせの危険な洞窟どうくつだ。


「失礼します」

 コウライさんが、私たちに聖水を振りかけた。凶悪な魔物や魔獣が多いこのダンジョンではあくまで気休め程度の効果しかないが、それでもリスクは抑えることができる。屈強な近衛騎士団から選ばれた精鋭たちとともに、私たちはゆっくりとダンジョンへ突入した。


 カビのようなにおいが充満する劣悪な環境。血のような香りもどこからかただよってくる。鉄のようなにおいは、死の予感を感じさせる不吉なものだった。


「情報局だけが知っている秘密の落とし穴を使えば、すぐにドラゴンがいるはずの15階に到着しますよ。ご安心ください」

 コウライさんは大げさな笑顔をこちらに向けた。


 彼の献身性には感謝しかない。王都の騒乱を生き残った情報局の中でも凄腕のエージェント。私たちは彼を信頼するしか生き残る道はない。


「ありがとう、コウライさん」


 王太子殿下は、やはり不安定な心理状態で、ぼそぼそと独り言をつぶやき続けている。これでは、どうしようもない。


「そして、この高価な転移結晶を使って、地上へ戻ってくることになります。守護竜と面会する時だけにしか使えない最高級品です。私がこれを預かります。これがなければ守護竜と会えても地上に戻るのは困難になるので、気をつけてください。もし、私に何かあったら、これをもって地上に逃げるようにしてください。わかりましたね?」


「ええ、そうするわ」

 いくら王族でも、豪邸と同じ価値があるとされる転移結晶をおいそれと使うことはできない。そういうことね。


「それではこちらです」

 最低限の説明をされたうえで、私たちはダンジョンへと進んだ。聖水の効果のおかげか1階フロアでは魔獣に会うことなく進んでいくことができた。


 松明たいまつの灯りだけが頼りのうす暗さ。どこに敵がいるかわからない恐怖と緊張感。ふと足元を見ると、散乱している人骨のようなもの。ここは人間がいてはいけない場所ね。


「グレア……ローザ……」

 心ここにあらずの状態の殿下は、うわごとのように不気味に言葉を発していく。


「ここが局長が言っていた落とし穴です。ここまでくればすぐに15階までたどり着くことができますよ。ソフィー様は、私がお連れします。失礼しますよ」

 コウライさんにお姫様抱っこされるように抱きかかえられた後、私たちは順々に穴に落ちていく。まるで、地獄への入口のように思えた。落下する恐怖は、それを助長させる。何度もその恐怖を味わいながら、私たちは地下へと落ちていった。


 そして、すぐに目標地点である15階に到着した。


「ここが守護竜がいるはずのフロア?」

 私は抱きかかえられていたコウライさんの腕から離れて、あたりを見渡す。1階とはまるで違う殺気に満ちているような空気に包まれている。


「そうですね。急ぎましょう。敵に出会う前に……」

 コウライさんと近衛騎士団員にうながされるまま、守護竜がいるはずの場所へと歩く。敵に出会わないように速足で……


 そして、吹き抜けの空間に到着した瞬間。私たちは絶望を味わうことになった。


 ありえないほどの腐臭。

 たぶん、守護竜だったはずの胴体と切り離された頭。

 ドロドロに溶けかけている巨大な動物の遺体。


「なによ、これ。守護竜はどこにいるの?」

 悪臭に満ちたフロアに嫌悪感すら抱いていた私はぼう然と言葉を発していた。


「守護竜が討伐されたのか?」

 近衛騎士団の兵士がそう言うと、私たちは事態の深刻さを強調させられた。

 まさか、私たちの希望はもう何も残っていないの?


「まさか、本当に王国の守護竜を討伐していたとは……さすがですな、グレア坊ちゃん」

 コウライさんが狂ったように笑い始める。皆が何事かと思って見つめると、彼は護衛の近衛騎士団員3人の首筋をナイフで斬りつけた。意表を突かれた精鋭たちはなすすべもなく倒れ込み絶命する。

 

 近衛騎士団の護衛は全滅し、私達3人が残された。


「どういうこと!?」

「なんで、お前が護衛の兵士を」

 殿下と私が、狂乱したコウライに距離を取って、警戒した。


「どういうことって? ここまでしてもわからないんですか。私は公爵家の家臣。つまり、情報局に潜入したスパイですよ。やっと、復讐ができる。私たちが愛するグレア様をコケにした恨みを晴らすことができる。これを楽しみと言わずに何と言うんですか?」

 さっきまで、紳士的だった彼は、まるで殺人鬼のような冷たい狂った視線をこちらに向ける。心の奥がざわつく。恐怖と怒り。


「さぁ。出てきてくださいよ、いるんでしょう? グレア様っ!!」

 コウライが叫ぶと、守護竜の遺体の後ろから足音がした。

 そこにいるはずがない男が、私たちの目の前に現れる。

 死んだはずじゃ……


「久しぶりだな、王太子殿下。そして、ソフィー。俺はお前たちに復讐するために、ここまで生き延びてきたんだ」

 私の元婚約者は、狂気を帯びた笑顔でそこに現れた。

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