第64話 ナタリーから見たグレア

―ナタリー視点―


 私はずっと考えていた最高の理想の告白を受け入れる。彼と結婚したい。永遠に添い遂げたいという気持ちに嘘偽りはない。むしろ、絶対にかなわないと思っていた願いが現実なってしまった境遇に、驚きしか考えられなかった。


 本当なら、センパイとソフィーさんの結婚式に、私は複雑な気持ちを抱えつつ、二人の親友としてそれを否応いやおうでもなく祝福しなくてはいけない複雑な立場だったはずなのに。


 記憶の中で、何度も2人の婚約が発表された時の絶望がリフレインされた。私がもっと公爵様に本心を話していたら……


 グレア先輩に、憧れを通り越した好意を告げていたら、こんなことにはならかったはずなのに。後悔はずっと心を支配していた。でも、私が素直になれなかったらからいけないんだ。だから、自分の本心を捨てて、二人を祝福しなくちゃいけなくなった。神様がいるなら、過去をやり直して欲しかった。でも、そんなことは叶えられない。


 私は、グレア先輩だけじゃなくて、ソフィーさんのことも大好きだったから。

 大好きになりたくなかったのに、大好きになってしまったから。


 私は地獄のような苦しみを心に秘めて、一生を終えようと覚悟をしていたんだ。

 

「ずっと好きでした、これからも。そして、これからも」

 胸に秘めていた本心が、隠すこともできずにあふれていく。

 センパイが死んでしまったかもしれない、自分の本心は永遠に誰にも伝えることができずにちていくだけ。貴族の恋愛には、政治的な思惑がはらむ。だから、仕方がない。国王と公爵様の関係を考えられば、頼まれたらイブグランドとブーランの融和を図るためにはそうするしかない。


 わかっている。理性ではそうするしかないってことは、痛いほどわかっていたのに。でも、やっぱり、心の矛盾はどうしようもなかった。


 両親を亡くして、すべてに絶望していた私に希望を与えくれたのはグレアお兄ちゃんだった。父を早くに亡くして、私たちは家族のように過ごしてきた。でも、本当の家族にはなれなかった。だって、私は彼に恋をしていたから。


 彼の胸で泣く。この数か月。生き地獄をあじわっていたから。

 一番好きな人に対して、本当の気持ちを隠したまま、永遠に会えなくなってしまったかもしれない。


 それなら、今の関係なんて捨てて、告白すればよかった。政治的な立場とか貴族の関係とか、無視して、本当の想いをそのまま伝えればよかったのにそれができなかった自分は最低だったと思う。


 だから、ちゃんと伝える。数秒先に彼が遠くに行ってしまっても、後悔がないように。


「私はずっとグレア先輩が……あなたが好きでした。父を失って、病弱な母と永遠の別れを前にしてずっと震えていただけの私に、希望を教えてくれたあなたのことが、ずっとずっと。でも、社会がそれを許さなかった。私は最低です。私のせいで、センパイとソフィーさんは傷つけあうしかなかったんです。私があきらめきれなかったから」


「それは違う。俺だって悪いんだ。ナタリーのことをずっと気にかけていながら、ソフィーと婚約してしまった。家と家と王国が決めてしまったという事実に甘えて、俺は……」


「それでも……たとえ初恋が叶わなかったとしても、私の心に偽りなんてありません。でも、私は最低なんです。ソフィーさんのことを今でも嫌いになれない。グレア先輩に最低なことをしたはずなのに。なんで。なんで!!」


「それは、お前がソフィーを愛していたんだよ。俺と同じくらいな。ナタリーの本心は少しはわかっていたはずなのに……お前を苦しめたのは俺なんだよ。ごめんな。ずっと後悔しかなかった。最初の婚約の時に、俺が本心を伝えていればこんなことにはならなかった」


「本心?」


「俺が一番好きなのは、ソフィーじゃないんだよ。ずっと心にふたをしていた。あのダンジョンに落とされた時、やっとわかったんだ。ソフィーの顔は思い浮かべなかった。でも、苦しい時に――あきらめたくない時に、思い浮かんだ顔は、ナタリーと父上とオーラリアだったんだ。俺たちはずっと家族のような関係だったから。近すぎて、よくわからなかったのかもしれない。でも、離れてよくわかったんだ。ナタリーのことを妹のように思っていると思いこもうとしていた」


「私は先輩にとって何なんですか?」


「家族のように思っていた幼馴染。そうだと思っていた。でも違う。もう二度と手放したくない」


 いつも以上に顔が近くなって、呼吸が私の顔をくすぐる。ここで目を閉じたらどうなってしまうんだろう?


 怖いけど、私はうながすように目をつぶる。


「グレアっ……」

 はじめて呼び捨てした。それはすぐに合図だと伝わったようだ。


「もう二度と、お前を一人ぼっちになんかさせない」

 男らしい言葉と共に、私はファーストキスを奪われた。私は人生最良の時間を驚きと幸福感と共に過ごしていく。


 時間なんて止まってしまえばいい。本気でそう思った。

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