第61話 最強の番人&王太子ダンジョンへ

―名もなき情報局員視点―


「おい、あれは……」

「どうしてあの女がここにいるんだ。普通なら公爵領か自分の領地に戻っているはずなのに」

 ダンジョン付近の仲間たちと連絡が取れなくったことで、王都に戻ろうと情報局本部に連絡したところ、まったく何もすることができなくなっていた。なんとかつながった命令書によると、王都で大事件が起きたことがわかった。


 その大事件によって情報局長は重傷を負って治療中。王都に控えているはずの局員たちも6割が死亡もしくは負傷しており指揮系統は大混乱に陥っていた。


「すぐに戻って来い」

 唯一連絡がついたコウライがそう返信してきた。公爵家と情報局がついに交戦し、こちらに甚大な被害が出ているようだ。おそらく、こちらにも公爵家が派遣した戦闘員が来て、情報局員狩りをしているんじゃないかと聞いた。


 早くここから帰らなくては。大きな戦争が起きる。

 ミザイル公爵と行動を共にしているのはアンダーウッド家の女子爵だけらしいが、公爵は人望がある。派閥のようなグループのトップでもあり、そのメンバーも潜在的な反乱軍になるかもしれない。


 俺たちが敵襲を恐れて、夜に移動しようと準備をしていたとき、ありえない光景を目撃してしまったんだ。中央広場の噴水近くで、男女が抱き合っていた。町娘と若者の単なる密会くらいに思っていたが……


 その女には見覚えがあった。ナタリー=アンダーウッド女子爵。今回の反乱行為の中心人物の一人だった。どうして、彼女がここにいる。


 だが、驚きながらもここであの女をとらえることができたら出世や恩賞は思いのままだ。特に中央のエリートたちがのきなみ消えた今なら……


「あの男ごとやっちまおう。首だけでも出世は間違いないぜ」

「そうだな。いい考えだ。俺たちもダンジョンの監視がうまくいかなかったことで立場があやういもんな」


 唯一生き残っていた相棒も同意見だ。しょせん、反乱者とはいってもまだ学生の女。負けるわけがない。俺たちは剣を抜いた。


 それが運命の分かれ道だと気づくこともできずに。


「ぐへっ」とさっきまで近くにいた仲間は苦しそうな悲鳴を上げて倒れてしまう。地面に相棒の血が吸われていく。まさか、敵襲かっ!?


「若い二人の大切な門出かどでだ。邪魔をしないでいただきたい」

 鎧をまとった騎士がいつの間にか後ろに回り込んでいた。


「誰だ、お前。いつのまに……警戒していたのに、気づくこともできなかった」


「どうやら、ダンジョンを監視していた王国中央の情報局員の仲間のようですな。我が主にあだなす敵は、仲間たちと同じように排除するのみ」


「まさか、お前が仲間たちをっ」

 かなりの手練れだ。剣を持っている姿だけでよくわかる。殺される。捕食者ににらまれた草食動物のように震えながら、俺はなんとか逃げようとスキを見つけるようとする。


「我が名は、ボールス。主君グレア様とその最愛の家族を守る剣なり」

 視認もできないほど早い一刀で俺は切り捨てられた。身体の中央が真っ赤に染まっている。火に焼かれたように熱い。やめてくれと言おうとして、言葉の代わりに血が口からこぼれた。


「熱い」

 最期の言葉をつぶやきながら、自らの血の海へとダイブする俺はその中で意識を完全に失った。


 ※


「主君の最高の夜を邪魔する者は誰であっても許さない」

 自分にはできなかったことを成し遂げた主の姿に誇りを感じてこちらまで幸せな気分になる。


 宿から持ち出してきたブランスタイン12年のボトルを天にいる仲間たちに向かって捧げる。


「今日は最高の日だな。俺たちがつないできたものは無駄にならなかったんだから」

 ふたりを遠目で見守り、大切な時間を妨害されないように周囲の警戒を続けた。


 ※


―ソフィー視点―


「大丈夫ですか、殿下」

 なんとか国王陛下の追及を切り抜けた後、私たちは死の迷宮へと向かっていた。封印されているドラゴンを呼び起こすために。


 でも、殿下は顔を青くしてただ震えている。もう完全に心は壊れかけている。最愛の妹君が行方不明になって、父親にあんな風に拒絶されて、すべてを失いかけている。私がしっかりしなくてはいけない。


「このまま離宮に向かうことは危険です。ローザ殿下は、州都と離宮の中間地点で消息を絶った。こんな夜にそのルートは危険です。州都の信頼できる宿を手配してください。よろしいですね、殿下?」


「あ、ああ……」

 抜け殻のようになってしまった彼はもうろくに指示もできない。

 

「大丈夫です。王族と情報局だけが知っているルートなら、安全にドラゴンのいるフロアまで到達できるんですよね。そうですよね、コウライさん?」

 情報局員の中でも指折りの実力者である彼が私たちの護衛に選ばれた。


「はい、大丈夫ですよ。私が局長からルートの場所を教えてもらいましたから。安心してください」

 凄腕すごうでの情報局員は、鋭い眼光をこちらに向けて笑った。

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