第84話 謀略者

「どうして、あなたがここにいるの? あなたは公爵領にいるはずなのに!」

 私は狂ったように詰め寄る。でも、ナタリーさんはそんな私を冷たく見下すように見ていた。


「わかりませんか?」


「わからないわ。それにここにいるはずの王族たちはどうしたのよ。なんであなたが玉座に座っているの!!」


「私が憧れていたあなたはこんなふうに情けなく、すがることはしなかった」


「それはあなたが見ていたただの偶像でしょう。本当の私はこんな女なの。弱いのよ。それなのに、ありもしない期待をあなたたちは……」

 少しだけ目を潤ませながら、私の罵倒ばとうを聞いている彼女は、うつむいて少しだけ震えた。その様子に、私は罪悪感のようなものをおぼえてしまう。そんな弱い自分とは、グレアが行方不明になった時に捨てたはずなのに。ずっと一緒にいた妹のような存在の悲しそうな顔に、思わず自分が一番幸せだった時間に戻されてしまった。


「そうですか。たしかに、ソフィーさんには重いものを背負わせてしまったのかもしれません。でも、私はあなたを許せない。私の気持ちを踏みにじって、手に入れた幸せを簡単に手放したあなたを……私の大事な人たちを殺そうとしたあなたを許せないっ」


「何を勝手な……」


「勝手なことを言っているのはあなたなんですよ。グレア先輩が行方不明になっても自分の非を認めない。むしろ、加害者に加担して、都合の悪い情報を知った私達すら殺そうとした。最後は、死の迷宮にまで自分で乗り込んできて守護竜の封印を解いて、無実な民たちすら焼き殺そうとした。そして、今、あなたは虐殺者の顔をしている。もう、あなたは悪女。あなたを擁護することは誰にもできない」


「構わない。私は圧倒的な力を手に入れたのよ。この国は力ある者が最も重要視される国。あなたの感傷的な言動なんてものは封殺されるだけ」


「……もう、いや。でも、私はあなたに残酷な真実を伝えなくてはいけません。それが最後の筋の通し方だと思うから」

 妹は、深いため息とともに、こちらに真実を告げる。


「国王は、公爵軍に敗れました。グレア先輩が王を捕虜にしたんですよ。また、あなた以外のブーラン貴族派は王国を見限り、ミザイル公爵閣下の側に立ちました」

 何を言っているの? あの圧倒的な軍事力を持った国王軍が敗れた!? それもブーラン貴族はそちらに味方している。何をいまさら……


「はったりよ。そんなことをする必要性なんて……」


「オーラリアが、ブーラン王族の忘れ形見だとしたら?」


「なっ!!」

 ばかな。グレアの弟がブーラン王族の末裔まつえい。たしか、オーラリアはミザイル公爵の親戚筋の遺児を養子に加えただけのはず。それがどうして……ありえない。


「オーラリアの実の母であるノランディ公マリアダ・ジ・ブーランさんが証言してくれました。あなたは、旧主の子供を殺そうとしていた裏切り者です」


「じゃあ、私のしたことって……」

 私の絶望の声を無視してナタリーは続ける。道化じゃない、こんなのって。


「すでに腐敗していた旧政権は解体されて、グレア先輩を中心とする新政権が動き始めています」

 嘘よ、そんなのってあるわけがない!!


「なぜ、グレアが新政権の首班なの? これは夢よ。だってありえないもの」


「ミザイル公爵は、旧政権の王族や幹部を逮捕し、自分の引退も明言しました。現・ミザイル公爵家の当主はグレア先輩です。そして、すべてが解決した後、戴冠し新国家の元首になります」


「ありえない。どうして、そんなことができるの!! あなたたちは公爵領で戦っていたはず。なのに、どうしてこんなに早く王宮を制圧できているのよ!!」


「私たちには転移結晶があります。コウライさんがすべての準備を整えてくれました。情報局の協力者を使って、警備が薄くなった王都に、転移結晶の移動先を作るなんて簡単でしたよ。私たちは国王を捕虜にして、軍主力を壊滅させた後、すぐに転移結晶を使って王宮に移動したんです。国王や守護竜よりも強いグレア先輩が王宮を制圧するなんて、簡単でした」


「あなたもそうやって、私をバカにするのね。なら、私は……」


「ソフィーさん。あなたは賢い。でも、あなたが捨てた男が、あなたが思っていた以上に大器だっただけの話なんです。規格外の天才に勝負を挑んだあなたは惨敗したんです。私はあなたが大好きでした。だから、この十字架を一生背負っていきます。最後は、せめて最後だけは、私たちが愛したあなたに戻ってはくれませんか?」

 戻れるならもう戻っているわよ。戻れないから、こんなに苦しかったんだ。

 まだ、終わりじゃない。ナタリーを殺して、グレアを殺して、公爵を殺せば、道は開けるかもしれない。


「そんなことは認めない。私は、この国の主になる!! 私に逆らうものはすべて悪よ。もうあなたでも容赦はしない!! やってしまいなさい、怪物!!」

 そう言うと、王太子の姿をした怪物は、玉座の女を殺すために飛び出していく。

 もう二度とあの幸せな場所には戻れない。私が生き残るためにはそれしかない。


 その悲壮な覚悟は、次の瞬間の光景によって、意味をなさないものになっていた。

 転移結晶の光。2人の男と、数体の魔物。それらがナタリーの前で身体ごと盾になった。そして、かつての王太子を殴り飛ばしていた。


 元婚約者は言う。


「次期王妃を守るのが、次期国王である俺の最初の仕事だろ?」

 

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