第2-c話

「先日発生しました新宿駅周辺の陥没かんぼつ事故により、大変ご迷惑をお掛けしております……」


 車内には謝罪の放送が繰り返し流れている。


 新宿駅が崩壊したため、現在環状線とは名ばかりで円の形を成していない。新宿駅を挟んで代々木から新大久保の区間は不通になっている。


 臨時のバスを走らせてはいたが、環状線だけではなく、円の真ん中を貫いている基幹線、その他私鉄、地下鉄等を含めて新宿駅を利用している通勤客全てを輸送するには、全く数が足りていなかった。


 比較的年始休暇の長い大企業も既に休みが明けて、動き出しているところが多く、今後は人が増えることはあっても減ることはないだろう。


 時間経過と共に不満が高まり、混乱が悪化することが予想されたが、新宿駅復旧の目処めどは立っていない。



 新宿であんな事故があったばかりだから、怖い夢でも見たのだろう。


 なんとか出発の時刻に間に合った秀樹は、車内放送を頭の片隅かたすみで聞きながら、今朝の紀子の様子について考えていた。


 渋谷駅が近づき、軽くブレーキを効かせながら、ゆっくりと速度を落としていく。


 手馴れた動作で、何時も通りの手順を繰り返す。


 渋谷駅のホームと先行の電車が停車している姿が、はっきりと見え始める。信号が赤く点灯していた。


 それとも……。


 虫の知らせとでも言うのか、なにか悪い予感でもしたのだろうか?


 秀樹は頭を大きく横に振った。余計なことは考えず、停車に集中しなければならない。


 そう思い直しブレーキを握る手に力を込めようとしたとき、視界のすみに奇妙なものをたような気がして手を止めた。


「なんだ?」


 今視えたものを確かめようと、右側車窓の外へと目を向けた。


「そんな……」


 うめきのようなつぶやきが漏れる。


 浮いて……、浮いているのか?


 こんな馬鹿なことがあるはずがない。


 心臓が痛いほど速く鼓動こどうしている。


 秀樹はその異様な光景から、目を離すことができなかった。


 愕然がくぜんとしながら見つめていると、古い映像にノイズが交じったときのように形が揺らぎ始めた。


 次第に色が薄れ、完全に姿が消える。


 わずか数秒にも満たない時間。可視外の波長と同調し、別の世界を視ていたとでもいうのだろうか?


 そんな想像をした直後、秀樹は我に返った。


「まずいっ!」


 叫ぶと同時にブレーキレバーを一杯に引いた。


 急激な制動がかかることを予測して、足を踏ん張り身構える。


 しかし予想に反して衝撃はやってこなかった。


「な、何故かからない!」


 秀樹は悲鳴を上げていた。


 通勤客であふれる渋谷駅と停車中の車両が、秀樹の眼前に迫っていた。

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