第5-4話

 室内に虫の羽音にも似たパソコンの稼動音かどうおんが低くひびいている。部屋が防音されているためか、複数の重機が動いている外からは余り音が聞こえてこない。


 あきらはポケットから、みつるが装着しているのとは色違いのヘッドマウントディスプレイを取り出すと、みつるのベルトの位置を確認して、パソコンへと接続した。


 丁度緑色のワイヤフレームで再現された莫耶データセンターを呼び出しているところだった。


 その背後のウインドウには、渋谷駅と事故車両の画像が表示されている。


 みつるがベルトに取り付けてある、筒状つつじょうのポインティングデバイスに指をかざした。そのかざした指の動きに、ディスプレイ上の人形が連動して動く。


 仮想データセンターの廊下を進み、地下へと下りる。


 地下の廊下をさらに進むと、Bレベル接続制限と書かれた扉が現れた。


 みつるが手早くディスプレイの左側の一部を、網膜もうまく識別機能に切り換えた。あきらも急いで同じ操作をする。


 ディスプレイから照射しょうしゃされた赤色レーザー光が、瞳に吸い込まれた。


 鍵が開いた音が頭の中に響いた。


 無駄に芸が細かい。そもそも立体にする理由も判らないし、仮想で動かしている分身が犬っぽい人形なのも意味が判らない。


 固いイメージを和らげる効果でも狙っているのだろうか。


 しかし無機質な廊下ろうかを、二足歩行の犬が二匹縦に並んで歩いている姿は、かなりシュールでかえって不気味だ。


 扉が開いた先に巨大なスーパーコンピュータが現れた。


 様々な色の光が意味ありげに輝いている。


 見上げると、コンピュータの上部に接続された幾つものラインが見える。


 みつるはスーパーコンピュータにディスプレイの視点を固定すると、渋谷駅で発生した事故の情報の検索を始めたようだった。


 次々と表示される情報の中に、死傷者の一覧が見えた。


 その人数のあまりの多さに、あきらは息を飲む。


 流れるように現れては消える情報の中から、追突した事故車両の運転士の情報で目が止まった。


 新しいウィンドウが開き、運転士の詳細な情報が引き出される。


 井上秀樹ひでき運転士。勤続きんぞく五年。事故歴なし。既往症きおうしょうなし。適性検査問題なし……。


 家族構成、井上秀樹(二七)、妻、井上はるな(二七)、長女、井上紀子のりこ(三)、妻の旧姓、小掾しょうじょう、実家、茨城県小美玉市玉里おみたましたまり(旧新治郡にいはりぐん玉里村)……。


 そこまで確認したとき、みつるのつぶやく声が聞こえた。

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