第2-1話

「もう少し時間が欲しいよなぁ」


 出利葉いずりはあきらは外で食事をするには短すぎる昼休みに文句を言いながら、エネルギー研究所に向かって坂を下っていた。


「確かに三十分では少々厳しいですね」


 その隣を歩いている白館しろだてみつるが丁寧ていねいな言葉づかいであきらに答える。


「うちの新しいボスはケチだからなぁ。金も出さんが時間もくれん」


 あきらは真面目まじめに文句を言ったつもりだったが、みつるが声を殺して笑っているのが気になった。


 言い方がどこか変だっただろうか?


 なんとなく顔が赤くなっているような気がしたので、みつるから視線をらすと、腕時計へと目を向けた。


「まずい! 何時の間にか昼休みが終わっているぞ」


「今日はいつもより少し混んでいましたから、時間がかかってしまいましたね」


「まぁ……、今更あわててもしょうがないか」


 あきらは少しあせったが、みつるの冷静な声を聞いてすぐに気を取り直した。


「ですね」


 みつるが相槌あいづちを打ったとき、二人の背後から悲鳴が上がった。


「なんだ?」


「なんでしょう?」


 二人は同時に振り返った。


 坂の上の方から聞こえる人々の叫ぶ声が段々と大きくなる。


 怒号どごうと悲鳴が入り交じる中、重く鈍い排気音と、なにかに激しく衝突する音が、徐々じょじょに近づいてきていた。


 あきらは音のする方へと注意を向けながら、迫りくる圧力とは異質な気配を感じとっていた。


 驚愕きょうがく、恐怖、怒り、それぞれ浮かべている表情は異なっても、その場に居合わせた全員が同じ方を向いている。


 その中で一つだけ違うベクトルが混ざっているような、そんな違和感。だけどそれはとても微弱びじゃくで、起点きてんを特定することはできそうにない。


 なにかにられているような嫌な気配だ。


 あきらとみつる、どちらに向けられているのか。それとも両方なのか。


 あきらは手を軽く握り身構えると、横にいるみつるを視界のすみで確かめた。


 いつもと変わらないその表情からは、なにを考えているのか全く判らない。


 坂の上、空と地を分ける境界の向こうに、それは姿を現した。

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