第2-3話

 みつるが調べていたデータの中にあった、井上運転士の家族の写真と、目の前に立っている少女が同じ顔をしていることに気が付いた。


 一人で遊びに来ているとは思えないが、辺りを見回してもはるなの姿は見当たらなかった。


「パパのこと調べてるんだね」


 紀子の言葉に、あきらは再び驚かされた。


「えっ、ええ……」


 みつるは声を詰まらせ、握っていた手を離した。


「紀子ね、知ってるんだ」


「知っているってなにを?」


 あきらは訊き返した。


「天使ちゃんが、ごめんなさいって」


「天使?」


「うん」


 戸惑っているあきらを気にする様子もなく、紀子はにこにこと笑っている。


 紀子の笑顔を見たあきらは、胸の辺りがざわつき傷んだ。きっとまだ死について理解できていないのだろう。


「絵を、お描きになるのですか?」


 スケッチブックを大事そうに抱えている紀子に、みつるが尋ねた。


「うん。そうだよ。見る?」


 紀子は嬉しそうにスケッチブックを差し出した。


「ありがとうございます」


 みつるは礼を言って受け取り、表紙をめくった。


 なんだこれ……。


 みつるの後ろからスケッチブックをのぞいたあきらは、思わずうめいていた。


 画用紙一杯に描かれた黒い線画を目にした瞬間、周りの景色が音もなく消えたように感じられた。


 一体、なにを描いた絵なんだ?


 顔を引き、全体を確かめる。


 首を左右に曲げ、角度を変えてもみる。


 しかしどう試してみても、黒い線が無秩序に描かれているようにしか見えない。


 あきらは諦めず、紙の中心を見つめていた。


 徐々じょじょ焦点しょうてんがずれ、ぼんやりと眺めていると、泥水のようなものが染み出し始めたような気がした。


 その染みはじわじわと広がり、精神が支配されていくような錯覚さっかくおちいる。


 色が消え、闇のかたまりおののき、耐え難い不安に目をらしたくなる。


 それでも、この先を最後まで見てみたいという誘惑に逆らえず、拘束力を持った影にとらわれていく。


「うっ……」


 突然すぐ横から聞こえた呻き声に、あきらは我に返った。


 周囲の景色が戻り、子供達の笑い声が聞こえる。


 緊張から解放されたあきらは、大きく息を吐いた。


 新鮮な空気を求めて、肺が急激に広がるのを感じる。


 しばらく呼吸を止めていたのかもしれない。


 息が整い冷静に周りが見えるようになってくると、みつるのことが気になった。


 目を見開いたまま、みつるは微動だにしていない。

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