第2-4話

 みつるの肩に触れようとして、硬直したように手が止まる。


 スケッチブックを持つみつるの手が、かすかに震えていることに気が付いた。


 不快な雑音が耳の中で響き、音の源を求めて集中すると、みつるの中から聞こえてくるように思えた。


 みつるがゆっくりと目を閉じた。


 眉間には縦に深くしわが寄っている。


 次第に手の震えが大きくなり、額には薄っすらと汗が浮かんでいる。


 なにかを必死に抑えつけているようにも見えた。


「お兄ちゃん。それ以上行ったら帰れなくなっちゃうよ」


 紀子が突然、みつるに話しかけた。


 あきらは、驚いて紀子を見た。


 少女はクマのぬいぐるみを抱えて、にっこりと微笑んでいる。


「あ、ありがとう。紀子さん」


 みつるは目を薄く開くと、苦しげな息遣いで紀子に礼を言った。


 幻でも追っているのか、焦点が合っていないように見える。


 冷や汗なのだろうか、みつるがこれほど汗をいているのも珍しい。


「あのね、おじいちゃんが心配するから、もう帰らないといけないの」


 紀子はそう言うと、みつるがひざの上に乗せていたスケッチブックをつかみ、きびすを返して走り出した。


 猫のように素早く走り去るその様子を、あきらはただ呆然ぼうぜんと見送った。


 ベンチの下には紀子が抱えていたクマのぬいぐるみが、何故かぽつりと残されていた。


「あっ、待ってください」


 みつるが慌てて呼び止めた。


 その声が聞こえたのか途中で紀子が振り返り、スピードを落とさずそのままの勢いで走り戻ってくる。


 呆気あっけに取られている二人には構わず、紀子は手に持っているスケッチブックをぱらぱらとめくり始めた。


「これ、あげる」


 紀子はスケッチブックに描かれた絵を一枚破り、みつるに差し出した。


「ありがとう。大切にします」


 みつるはそう言って受け取った。


 紀子は少し得意げに笑うと、あきらを見上げた。


「忘れ物だよ」


 あきらはクマのぬいぐるみを拾い上げると、手で軽くほこりを叩いて紀子に手渡した。


「あっ。ダメだよ、一緒にいないと。すぐにいなくなっちゃうんだから」


 紀子はほほを膨らませて怒っている。


 お姉さんのつもりなのだろうか。あきらとみつるの顔から笑みがこぼれた。

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