第1-2話

「本社からビジュアルメールが届いています」


 黒川が席に着くのと同時に、衣鳩が書類の束を持ってそう報告した。


「こちらは社内便です」


「ああ、ありがとう。メールの方は全館のモニターに流してもらえるかな」


 黒川は書類を受け取りながら、衣鳩に頼む。


「はい。それと……、差出人不明の封書が普通郵便で届いています」


 衣鳩は表情を変えることなく、中央が少しふくらんだ厚みのある封書を差し出した。


「俺宛に?」


 黒川は一瞬躊躇ちゅうちょしたが、衣鳩が黙って見つめているので、そのまま封書を受け取った。


「桜井さんにて頂きました。危険はありません」


 衣鳩は補足すると、お辞儀をしてきびすを返し、自分の席へと戻った。


 安全だと判っているなら、渡す前に言って欲しいところだ。


 黒川は衣鳩の背中を見ながら鼻から息を吐くと、緊張をほぐすように肩を回した。


 封書を裏返して一応確認する。確かになにも書かれていない。


 机の引き出しを開け、ペーパーナイフを取り出して封を切った。


 極秘の印が押された仕様書の束を見た黒川は、すぐに差出人のさっしがついた。


 なにを考えているのか。普通郵便で送るか普通……。


 黒川は溜息をつきながら、仕様書の束を机の上に放り投げるようにして置いた。その拍子に一枚のメモ用紙が、書類の間からふわりと落ちた。


 黒川は床からメモを拾い上げる。そこには短い一文が書かれていた。


籠目かごめは解れ、の鳥はほころびる? まさかな」


 過去の出来事が頭を過ぎり、悪夢のようによみがえってくる。


 黒川は頭を振るとメモ用紙を握り潰すようにして丸め、足元のゴミ箱へ投げ入れた。


「統括管理室へ、依頼しました」


「そう……、早いね」


 顔を上げると、机の前に衣鳩が立っていた。驚いた黒川は、ぎこちなく礼を言うと、咳払いをして誤魔化ごまかした。


 聞かれてしまっただろうか。秘書がそばに居るということには、どうにも慣れそうもない。


 昨日引継ぎの作業もなしに、黒川が代理で所長を務めることがあわただしく決ったばかりだった。


 最寄り駅である渋谷駅で通勤時間帯に起きた事故に巻き込まれた所員が多く、その中にはエネルギー研究所の所長も含まれていたからだ。

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