第8-3話

龍脈りゅうみゃくが騒がしい。富士を越えた後は鉄道、高速道路は避けて、船か飛行機で行きなさい」


「またなにか、起こるのでしょうか?」


「気を付けて行きなさい」


 柿久はそれだけ言うと、腕を組み黙った。一姫もそれ以上はなにも訊かなかった。


 宮司として天の川千三百年の歴史を返り見ても、稀有けうな力を持つ一姫を頼もしく思っている。


 しかし父として不穏ふおんな気で満ちた東京へ娘を送り出すことに、躊躇ためらいを覚えていた。


「こんな時間か……」


 しばらく二人は見つめ合った後、複雑な想いを振り払うように柿久は柱時計へと顔を向けた。


「明日から忙しくなる。もう寝なさい」


「はい。おやすみなさい。お父様」


 一姫は就寝の挨拶をすると、五十鈴を抱え部屋を出て行った。


 障子が閉まり、遠ざかる一姫の足音を聞き終えると、柿久は重い腰を上げた。


 何時までも感慨にひたっている暇はない。


 祈祷の準備に、取り掛かることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る