第8-3話

 眠りをさまたげられて少し不満そうな幼い声が、頭の中に響いた。


 精神に含まれている痛みを敏感びんかんに感じとったのか、すぐに泣きそうな声に変る。


 途切とぎれそうになる意識の中、少女に逃げるように伝えた。


 今度は手ではなく苛立いらだったように腹を蹴り飛ばすと、男は装置に満たされた溶液の濃度を上げていく。


 蹴られた箇所を抱えるようにくの字に身体を折り曲げ、激痛に耐えた。


 集中が途切れ少女の声が遠くなる。


 ただ逆に二度蹴られたことでかすみが晴れ、意識がはっきりとしてくる。


 後少しで動けるようになるかもしれない。


 少女も異変に気付いたようだ。


 気持ちが悪いとしきりに訴えてくる。


 ついには少女が悲鳴を上げた。


 ガラスが割れたような耳障みみざわりな警告音が、室内に鳴り響いた。


 異常を知らせる赤いランプが、不気味に部屋を照らし出す。


 溶液の濃度を表示していたディスプレイに、エラーを示す文字が点滅し、操作パネルから激しく火花が散った。


 白衣の男が初めて動揺の色をみせた。


 飛び散る火花を避けながら、懸命に操作を続けている。


 けたたましい警告音の響く中でも、それと認識できるような異質な音が響いた。


 男は引きった顔を破壊音のした方へと向けた。


 円筒形の装置の外郭がいかくに二メートル程の大きな亀裂が入っている。


 少女の意志が室内にあふれ出していた。


 装置の内側から男へと向けられた、怒りに満ちた強烈な視線を感じる。


 男が後退あとずさりしながら叫ぶのと同時に、装置が内側から破裂した。


 まばゆい光の塊が、き出した溶液を一瞬にして蒸気へと変える。


 自分の身になにが起こったのか認識する間もなかったのではないだろうか。


 血飛沫ちしぶきを上げながら男は倒れていた。


 部屋の天井をあっという間に満たした蒸気が重くれ込め、次第に男の姿を隠していく。


 視界と共に急速に閉じていく世界から離れ、現実へとかえる中、ふらつきながら近づいて来る細く白い足がもやの向こうに透けて視えた。

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