第5-5話

「うちの人間じゃないと、対応しきれないということか」


「最初にお前も、普通じゃないと言っただろう?」


「しょうがない……、俺が行くか」


 視線は藤崎達三人に向けたまま、黒川はつぶやいた。


「おいおい。所長代理のお前が来てどうするんだよ。代理のお前までなにかあったら、研究所は機能停止だろう」


 宇治土があわてた様子で、たしなめるように語気を強めた。


 藤崎を見ていた衣鳩が、黒川の方に振り向いたので目が合った。


 彼女のこんなに嬉しそうな顔は、初めて見るような気がする。


 そんな三人の様子を見て、黒川も安堵あんどの息を漏らした。


「なんだ? 大丈夫か?」


 盛大な溜息ためいきとでも思ったのか、心配そうに宇治土がたずねた。


「いや、なんでもない。しかしなぁ、調査は二人一組で動くのが基本なんだが、俺が抜けたから、今、動けるのは桜井一人だけなんだよ」


香那かなちゃんか? 彼女なら適任てきにんかもしれないが、本気で言っているのか?」


「長いことコンビを組んでいたからな。少なくともお前よりは知っている」


 黒川は苦笑して答える。


「天の川からの応援が、そろそろ着いても良い頃なんだが、連絡が取れない」


柿久かきひさか? それは遠慮したい」


 本当に嫌そうな声に変わる。


贅沢ぜいたくを言うな。とにかくなんとか考えとくよ」


「まぁ、期待しないで待つとするか」


 宇治土はそう言うと電話を切った。


 黒川も受話器を置く。


 最初の電話が終ったときと同じように、深く椅子に座り直した。


 天井を見上げると、蛍光灯の光が少しまぶしかった。


 丸い黒い影が揺らいで見える。


 そこにあるのではなく、きっと自分の目の中にある影なのだろう。


 その証拠に、目を閉じてもしばらくその存在を感じることができた。


 藤崎達三人が、不安から解放された喜びを分かち合っている。


 黒川はゆっくりと目を開いた。


 ディスプレイに表示させたままだったメールへと視線を移す。


 そこには一行、短い文が書かれていた。



『月のない夜は、死人の徘徊はいかいに気を付けられたし』



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