第2-1話

 統括管理室のさらに奥の部屋に弓波水智はいた。


 部屋の中には多くのコンピュータが置かれ、北側の壁面一面にはディスプレイが並んでいる。


 窓には遮光性しゃこうせいの高いブラインドが下ろされ、ディスプレイの明かりだけが部屋を照らしていた。


「もうやんなっちゃうなぁ。本社の人達寝てるんじゃないの」


 水智はネットの不正侵入を監視しながら、徹夜で多層防御システムの構築に追われていた。


 エネルギー研究所へ直接侵入してくる連中への対応はまだ楽だった。


 厄介やっかいなのは本社のゾンビパソコンを経由して侵入してくるやからだ。


 試しに一度、上位に位置するコンピュータからのアクセスを完全に閉じたら、血相を変えた室長が飛び込んできて恐ろしい程怒られた。


「本社に文句言うと室長怒るし。感染したパソコンを教えているのに、対応してくれないどころか増える一方だし」


 泣きそうになるのをこらえながらIPS、侵入防止システムの調整を続ける。


「ああぁ……、E.L.I.Z.A.エリザだよう。どうしよう」


 仕掛けた防御用プログラムやトラップをたくみにかわしながら中枢ちゅうすうに浸入してくるパターンから、水智は侵入者を特定していた。


 物理的切断以外、完全に防ぐ方法がないことも理解している。


「そ、そだ。確か前に作ったウィルスがあったはず」


 不穏ふおんな言葉を発したという自覚もなく、ワームプログラムの確認を始めた。


「これを送りこめば、壊れちゃうから大丈夫」


 踏み台にされている本社のパソコンを破壊すべく、水智は準備を進める。


 ワームの属性を変更し、セーフティを解除した。


 後は送信した後、実行すれば良いだけだ。


「……弓波さん」


「あわっ」


 背後から突然名前を呼ばれた水智は、驚いた拍子に思わずワームプログラムの実行ボタンを押していた。


「泡?」


「さ、桜井さん。い、何時からそこにいたの?」


 振り返るとすぐ後ろに、桜井香那が立っていた。


「室長が変な顔して部屋から出てきたところあたり?」


「そう。そんなに前からいたんだ」


 水智は顔が引きりそうになる。


「警告って、あちこちの画面に出ているけど大丈夫?」


 香那は驚いている水智を特に気にした様子もなく、赤い文字で埋め尽くされているディスプレイに向かって指差しながら、そうたずねた。

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