第9-1話

 白百合を抱いて、墓地の丘の中腹にあるベンチの上で横になっていた。


 海から吹く風が頬に冷たく、目を開いて飛び込んできた空は青い。


 身体はまだ上手く動かせない。


 ぼんやりと空を眺めながら、周囲をうかがうように耳を澄ました。


「戻ったか宇治土」


 懐かしい声が頭上から聞こえた。


 覗き込んできた片瀬の顔が青空をふさぐように視界に入った。


「なにを泣いている?」


 片瀬の表情が曇る。


 誰が泣いているのだろう? あの少女だろうか……。


「やはり無茶だったんじゃないのか?」


「ああ……、そういうことか」


 宇治土は半身を起こした。その拍子ひょうしに落ちそうになった花束を片瀬が慌てて拾う。


「大丈夫なのか?」


「一日に。しかも短時間に三回というのは新記録だな」


 宇治土は無理に笑顔を作ってみせた。疲労感が酷い。たましいというものが可視できるなら、きっと透明に近いくらい薄くなっていることだろう。


「……なんだこれ?」


 頬を伝ってしずくれた。手の平で受けた宇治土は、無色透明な液体を見てつぶやいた。


「いや、だからなにを泣いているんだ? なにがあった?」


「少年、いや青年だったか……」


 首を振って涙を飛ばす。


 ぼやけていた頭も少しだけすっきりした。


「犯人は二十代後半から三十代じゃないのか?」


 慌てた様子で片瀬が訊き返した。


「なんだ。違うのか?」


 宇治土は片瀬の顔をあおぎ見た。


「いや……」


 片瀬は溜息をついた。


「それでどうなんだ。この花や墓は関係ありそうなのか?」


 言いながら花束をベンチの端に置く。


「墓の方には残っていないよ。掘り返しても、おそらくなにも出ない」


 腕を組み、ベンチの背にもたれた。


「花束はどうだ?」


「黒コートの男が墓に供えたのは間違いない。皮の手袋をしていたから指紋はとれないだろう」


「分かった。花の出所。墓の埋葬者、所有者について調べるか」


 片瀬は手を上げると、墓地の入り口を封鎖している警官を大声で呼んだ。


 墓を幾ら調べても、警察には分からないだろう。誰も埋葬されてはいない。


 それよりもあの実験室……。


 視たこと全てを警察に話すわけにはいかなくなった。


 面倒くさいことに巻き込んでくれたものだ。


 何時もと変わらぬ様子で調査を依頼してきた黒川のすました顔が浮かび、その底意地の悪さと、まんまとはまった過去の自分に宇治土は舌打ちをした。

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