第1-2話

「全部って、実は存在しないとか?」


「うわーい。その発想は凄いね」


 水智は目を大きく開くと、ぱちりと指を鳴らした。今日はもう結構長い時間話しているけど、初めてちょっと楽しいと感じたかも。


「えへへ。でも七種+は間違いなくいるよ」


「いる……」


 香那はほんの少し俯くと、右手を軽く握って口に当てる。


「七種+にセキュリティが切り換った日。えーと、新宿の事故の前日だったかな。その日から、全くiDCに入れなくなっちゃったからね」


「そう……」


 香那は顔を上げて水智を見る。


「もう試していたのね」


「も、問題なのはそこじゃないよう」


 楽しいと思ったのは気のせいだ。やっぱり怖い。


 水智は口を尖らせながら、慌てて椅子を引いた。


 すぐに椅子の背が机に当たって、少ししか距離をとることができなかったけど。


「ハッキング以上に問題なことってなにかしら?」


 香那が意地悪そうに言う。


「う、うう……。ハッキングなら向こうもしてるんだから、お相子あいこだよう」


 ううん。カメラを乗っ取って、盗撮まがいなことまでしている向こうの方が悪いよきっと。


「それで、これからどうするの?」


 水智の背後のディスプレイへと視線を向けながら、香那が聞いた。


「鍵はこのFAXに書かれている記号だよ」


 紙を差し出しながら水智は指差した。


「弓波さんそれ読めるの?」


 身を乗り出して香那がのぞき込む。


「ううん。読めないよ」


 水智は顔を少し引いた。


「でも重要なのはこの記号の羅列られつが表す意味じゃなくて、なんのための記号か、ということじゃないかなぁ」


「……?」


「分からない? この記号の上に書かれている名前と期間を調べたら、iDCが大騒ぎするトリガになってたよね?」


 水智はBIRDIEと書かれた文字と、西暦を交互に指差す。


「小鳥さんはデータセンターの関係者だったのかもしれない、ということね」


「じゃぁね……」


 水智は次に、BIRDIEと記号を指差す。


「こういう組み合わせって、どこかで見たことない?」


 水智は微笑むと、黙ったまま少し待った。


「えーと」


 香那はじっと文字を見て考えている。


 急に会話が止まり、その間気に留めて貰えなかった機械達が、再び自己主張を始めた。


 よどみのない音が耳に心地好い。


 僕が組んだ多層防御用プログラムが、ずっと稼働率最大で動きっぱなしだけれど、E.L.I.Z.A.の攻撃は止んでいるみたい。

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