第5章 第四の壁を越えられない魂のない人形

第1-1話

 バックグランドで多数の冷却ファンの振動が共鳴して、コンサートホールのロビーを思わせるようなざわめきを演出している。


 叩くキーボードの音が小気味良いリズムを刻み、これから始まるお祭りの予感に、水智は胸を高鳴らせていた。


「なにをしているの?」


 すぐ後ろから香那が、覗き込みながら聞いた。


「ちょっと準備をね」


 手は休めずに、水智は答える。


「……ハッキングするの?」


「うーん、したいけどそれは無理だよ」


 さっきのウィルス騒ぎがまずかったのかも。


 僕の正体を知らないはずなのに鋭いなぁ。


「弓波さんでも無理なことって結構あるのね」


「うわーん。iDCのシステムは七種+ナクサプラスだもの。僕じゃなくても無理だよう」


 そんでもって、絶対意地悪だと思う。


「なにそれ?」


「自律型マルチエージェントだってさ」


 不機嫌だという意思を思い切り声にたくす。


 もちろん怖いから顔はディスプレイに向けたままだけど。


「ふーん……」


 香那はそうつぶやいただけで、他にはなにも言わなかった。


 会話が途切れ、しばらく沈黙が続いた。


 水智は光学式文字読取装置OCRがないことに気が付いて、心の中で舌打ちした。


 ディプレイに表示させている、iDCからのアクセスログに注意を向けながら、FAX用紙に書かれている文字を確認する。


 記号と打ち込めば変換候補に出るかな。


 水智はわざとらしく盛大に溜息をつくと、キーボードを打つ手を止めた。


 少しだけ勇気を集めて、椅子ごとくるりと振り返る。


「分かってないでしょ?」


 背後からの無言のプレッシャーに耐えられなくなって、水智から切り出した。


「なんのこと?」


「だから七種+」


「うーん」


 香那は腕を組むとうなり出した。


「あの……」


 水智は背中を丸め、香那を見上げる。


 もしかしたらなにも考えてなかっただけなのかも。


「エルザさんの親戚みたいな?」


 凄いことに気が付いたという感じで、香那はけわしい表情から一転して笑顔になる。


「みたいなって……」


 抱いていたイメージが少し崩れたような気がした。


 怖い印象しかなかったから別に良いけど。


「全然違う別物だよ」


「ロボットじゃないの?」


「ロボットだよ。iDCの説明ではね」


「意味が分からないのだけど」


「七種+の詳細は今でも極秘扱いだから。外向けに簡単な説明があったけど、ウソばっかり」


「嘘?」


「そう。公表されてる内容は、ぜーんぶウソ」

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