第8-2話

「それにしても酷い状況だ」


 頭をきながら、改めて周囲を見渡す。


 左右の壁は泥がこびりついたように黒く鈍く光り、元の色が分からないほど変色している。


 帯状の切れ目もなく、ここが完全に水没していたことが分かる。


 水が引いた今、通路の所々に水溜りができている。平らなように見えて、意外とでこぼことしているのかもしれない。


「実験用の白衣でも借りたいところだな」


 黒川は衣鳩の格好を見ながらそう呟いた。


 クリーム色の上質そうな細身のスーツを着ている。


 それにしても高いヒールでこの足場の悪い通路を、良くもまぁ上手に歩くものだ。バランスを崩すこともなく、涼しい顔でついてくる。


「低くなっているので、頭上に気をつけて下さい」


 先を行く調査員が、注意をうながした。


「これはもう機能してないだろうな」


 セキュリティ用のゲートが斜めに傾いていた。


 横のベルトコンベアは、ゴムのベルトがなくなり中の構造がき出しになっている。


 黒川は軽く頭を下げてゲートを潜る。


 衣鳩が身体を半分に折りながら後に続く。


「分かっていることを、簡単で良いから説明してくれないか」


 黒川は調査員にそう頼んだ。


 足元が暗いので目線はずっと下を向いたままだ。


「セキュリティは現在全て機能していませんので、建物の各出入り口に警備員を配置しています」


「警察はもう来たのか?」


「センター長の意向で、警察は呼んでいません」


「呼んでいない? これだけの被害が出ているのに?」


 黒川は顔を上げると調査員をにらんだ。つい語気が強くなる。


「今回のことは水で受けた被害なので、警察を呼ぶ必要はないと。後日莫耶専属の保険調査員がくるそうです」


「言っている意味が分からんな。センター長はどこだ?」


 直接会って話しをした方が良いだろう。


「すぐにはお会いできないと思います」


「なんだ? 出張でもしているのか?」


「本日より三日間、プライベートで海外へ出られているようです」


 黒川の口調に圧されたのか、調査員の声が段々と小さくなる。


「プライベート?」


「家族旅行だそうです」


 調査員は言い難そうに補足した。


 黒川は舌打ちをしそうになる。


 背後で衣鳩が小さく声を出したので、振り返った。

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