第8-3話
「申し訳ありません」
衣鳩は謝り、床に落ちた万年筆を屈んで拾った。
「あっ、ああ……」
その様子を見ながら、黒川は息を吐いた。
調査員の方へ向き直ると、不安そうな目で黒川を見ていた。
少し冷静になる必要があるようだ。本社の調査員に怒ってもしょうがない。
「とにかく出されている指示も含めて、状況を話してくれ」
「生化学実験センターは全館の生命維持に必要な最低限の設備も機能していませんので、現在ゲートより先は特別に許可された者以外、立ち入り禁止になっています。実験機材やデータ、資料など、水没したことによって受けた被害の調査は復旧後ですね」
「電気系統の故障で扉が開かないから、簡単な状況確認もできないということか」
「おそらくバイオセーフティレベルが3以上のフロアーは、問題ないと思われます」
「それで、被害に
黒川の声が低くなる。
触れられるのをわざと避けているように感じたので、黒川から尋ねた。
「……被害の報告はありません」
「え?」
予想外の答えに思わず聞き返していた。
衣鳩も驚いたのだろう。見なくても気配で分かる。
「実験センターの関係者で被害に遭われた方はいません。被害者はエネルギー研究所の調査員二人だけです」
「なんだって?」
意味が理解できず、黒川はもう一度問い質した。
「救助された二人以外、人的な被害は報告されていません」
戸惑ったような声で、そう繰り返す。
「それはつまり、センター員全員の所在が確認されているということか?」
ネットも全てダウンしている今、時間的に難しいように思える。
「扉の向こうに、閉じ込められている人もいるのではないか?」
「所在の確認はとれていません。ですが……、ご存知ありませんでしたか?」
調査員が
「なんのことだ?」
「本日は生化学実験センターの全館休業日です」
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