第5-3話

「黒川か?」


「なんだ宇治土か」


 大手町にいる調査員からの新しい報告を期待していた黒川は、ついそう口にしていた。


「なんだはないだろう。衣鳩ちゃんじゃなく直接お前につながった、こっちがなんだだよ」


 あからさまにがっかりしたという口調で、宇治土がやり返す。


「分かった。悪かったよ。それで用件はなんだ?」


「最初に訊くが、お前なにか俺に言い忘れていることはないか?」


 宇治土の声のトーンが少し落ちた。


「いや……、特にはないが」


「本当に?」


「なんだ? 言えることは全て言っている」


 受話器に手を当て、黒川も声をひそめた。席に戻った衣鳩が気になる。


「ああ……、やっぱりそうなのだな」


 宇治土はそれだけ言うと、もうそれ以上訊こうとはしなかった。


「本町の事件だが、キナ臭いことこの上ない」


「普通じゃないということか……」


「警察の上の方もそう考えているふしが見えるが、こちらに情報が下りてこない」


「莫耶から働きかけろということだな」


 対策室の扉がノックされる音が聞こえた。


 入り口に近い席に座っている桜井香那が、対応しているのが見える。


「それで、それだけじゃないのだろう?」


「話が早くて助かる。今日の十六時から、横浜港に停泊中の貨物船を捜査することになった」


「その船が本町の事件と関係があると?」


「さあな。横浜税関と海上保安庁、神奈川県警が合同で動くらしい」


 桜井が扉を開けると、藤崎調査室長が姿を現した。


 二言三言、その場で言葉を交わしている。


 気になったが、内容までは聞きとれない。


「情報が下りてこないという割には、随分ずいぶん色々と知っているじゃないか」


 黒川はマウスをつかむと、途中になっていたメールの確認を再開した。


「現場の刑事から聞いたことだけだ。この動きが本町公園とつながっている確証かくしょうはない」


 そう答えた宇治土の声に変化はない。自信があるわけではないのだろう。


 しかしやつかんは、どういうわけか良く当たることを黒川は知っていた。


「その船の名前は?」


「エッジワース号」

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