第5-2話

 深く椅子に座り直すと、頭を上に向けて目を閉じた。


 表情のない長谷川と安藤、そしてとがめるような白館の顔が次々と浮かんでは消えていく。


 冷静になるようにと自分に言いきかせる。


 じっと動かず、今聞いた話しを振り返った。


 弓波が長谷川達の居場所を把握はあくしているということは、実験センターのシステムに侵入したということだろうか。


 所長代理である自分を通していないことから、無許可で行なっているのは間違いない。


 危ないことをする。


 しかしポンプの暴走を止めたのも弓波ということか……。


 髪の毛をくしゃくしゃとき回すと目を開いた。


 メールチェックの続きをしようと、マウスに手を伸ばす。


 ディスプレイへと視線を上げたとき、目の前に衣鳩が立っていることに気が付いた。


 空気が抜けたような声が、のどの奥から漏れる。


 驚いた拍子にひざが机に当たり、大きな音を立てた。


「……どうした?」


 机の上に身を乗り出すようにして、揺れているパソコン本体とディスプレイを両手で押さえた。


「先ほどの報告書ですが、正式なものは後日お持ちしますとのことです」


 衣鳩は表情一つ変えず、抑揚よくようのない声で答えた。


「そうか」


 黒川は机の上に置かれた書類へと目を向けた。


 弓波からの報告であるとすぐに分かった。


 XTAL、ATCXOという記号が読み取れる。どうやら発振回路について書かれているようだ。


「他にもあるのか?」


 黙ったまま、まだ立っている衣鳩に尋ねた。


 秘書というのはみんなこんな感じなのだろうか。


「出利葉さんと白館さんから連絡がありました。大手町駅付近にいたそうなのですが、無事とのことです」


「茨城から戻っていたのか」


 タイミングが良いのか悪いのか。


 そのまま残って調査を任せるか、こちらに戻るように伝えるか、指示を出せということなのだろう。


 黒川は左肩に手を当てると、首を右にかしげながら軽く腕を回した。ポキポキという間の抜けた音が響く。


「それじゃあ……」


 黒川が言いかけたとき、秘書席の電話が鳴った。


 少し遅れて所長席の電話も鳴る。


「いいよ。私が取る」


 きびすを返して自分の席に戻ろうとしていた衣鳩にそう言うと、黒川は受話器を持ち上げた。コール音で外線だと分かる。


「エネルギー研究所所長席」


 てのひらを衣鳩に向けて軽く振り、席に戻るように伝えた。

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