第5-1話

「完全に水没しているのか? 実験センターの様子も分からないか……」


 黒川は莫耶本社から派遣された調査員と電話で連絡を取り合っていた。


「二人の行方はまだ……、えっ?」


 パソコンを操作して、メールソフトを起動していた手が止まる。


「統括管理室の弓波さんから聞いていませんか? 位置は把握はあくできているそうなので、弓波さんから指示を受けて、既に救助に向かっています」


 受話器の向こうから、低く落ち着いた女性の声がそう答えた。


「うちの弓波が?」


 予想外の言葉に黒川は戸惑とまどう。


 顔を上げ、焦点を定めずに視線を彷徨さまよわせていると、視界のすみで衣鳩が立ち上がるのが見えた。


 書類を持って報告のタイミングを見計みはからっている。


 黒川は衣鳩に視線を送ると、右手人差し指を立てて、机を軽くトントンと叩いた。


「安否の確認はできたということだな」


「位置情報だけで、連絡はとれていません。ただ生存しているのは間違いないそうです」


 意味を察した衣鳩が素早く歩み寄る。


 机の上に報告書を置き、一度お辞儀をすると、そのまま自分の席へと戻った。


「何故分かる?」


 詰問きつもんするような口調になったが、気にしている余裕はない。


 衣鳩が席に座る直前に、怪訝けげんそうに振り返った。


 なにか勘違いしたのかもしれない。


「私にも分かりません。詳細は弓波さんに聞いてください」


 冷静な声の中に、わずかに苛立いらだちに似た感情が交じったのが分かった。


 秘密主義な弓波のことだ、恐らく必要な情報以外は伝えていないのだろう。


「そうしよう」


 黒川は会話しながらマウスを動かし、メールの件名をチェックしていた。


 午前中に一度全て確認を済ませたが、既にもう百件以上の新着メールが届いている。


 緊急マークが付いているメールの数も多い。


 溜息が出そうになるのをこらえた。


「それで地下水の流入は止まったのか?」


「はい。原因は調査中ですが、弓波さんによると百七十基あるポンプ全てが制御不能になっていたそうです」


「そうか。とにかく元を断ったのなら、水もすぐに引くだろう」


 同窓会のお知らせ。という件名のところで手を止めた。


「排水を待って、詳しい調査はその後になります」


「分かった。救助の状況が進んだら報告してくれ」


 黒川は最後に、充分注意するようにと伝え電話を切った。

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