第4-2話

 闇の中を手探りで動き回った。


 さらに深い闇の底から、ささやく声が聞こえたような気がした。


 その声の源を求め彷徨さまよい、微かに男の気配を感じた次の瞬間には、ラジオのチューニングが合ったように、飽和ほうわした意識が宇治土の中へと雪崩込んだ。


 情報の渦におぼれそうになりながら、重ね合わさった記憶の中に実験室のような場所を見付けた。


 白衣を着た数人の男達が、幾つも置かれた円筒形の装置の周りをせわしく動いている。


 辺りを見回すと、戸棚のガラスに映った男の顔が視えた。少年を介して視た時よりもかなり若い。


 女の子? こんなところに?


 場所と時間が変わったようだった。


 巨大な機械が置かれた部屋で、男が少女をかかえてたたずんでいた。


 腰まである長い髪が濡れている。


 大事そうに抱いたぬいぐるみを、少女は男に見せながら微笑んでいる。


 宇治土を包んでいた憎悪の気が、ほんの少しだけ緩んだように感じられた。


 安堵あんどする間もなく、再び場面が変化した。


 視界の全てが真っ赤に染まり、宇治土のおかれた現在の状況を暗示するように、サイレンが鳴り響いている。


 室内に置かれた装置のほとんど全てが暴走しているように視えた。


 混乱し逃げ惑う研究員達の姿が視える。


 おそらく事故の現場へと向かっているのだろう、逃げ出した人々の流れに逆らうようにして急ぐ警備員の姿もあった。


 漫然まんぜんと状況を眺めていると、辺りを包んでいた赤い光が突如とつじょ消えた。


 喧騒けんそうが止み再び闇が支配する。


 まだ続いている?


 上を見ると星の光が視えた。


 全身を包む不快な感覚が増し、しばらくして荒く苦しげな息遣いが、自分の中から聞こえてくることに気が付いた。


 身体のいたるところから激痛が走る。


 肩から血を流し、足を引きずりながら、逃げているようだった。


 道が途切れ、眼下に深淵しんえんが覗く。


 立ち止まった直後、背後から衝撃を受けていた。


 地上の光が届かない、暗黒のふちへと落下していく。


 ここまでか……。


 遠く銃声を聞きながら、男の無念と宇治土の諦めにも似た気持ちが同調した。


 落ちる速度が増し、宇治土を取り巻く虚無きょむがさらに濃くなっていく。


 大気に溶け出した意識は薄れ始めていた。


 重力に囚われた不運な光のように宇治土は落下を続け、しまいには事象じしょうの地平面へと至る。


 空間はゆがみ、時間は歩むのをやめる。


 宇治土は目を閉じると、完全に時が止まるのを待った。

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