第3-9話

 修を中心に、コンクリートの壁や床、天井に亀裂が走る。


 不可視の意志が螺旋らせん状に空間をけずり取りながら、修がにらんでいる方向へと広がっていく。


 流れる血が沸騰ふっとうしているようだ。腕や顔に血管が浮き出ている。


 耳障みみざわりな音が内側から聞こえてくる。


 蒸発しそうになる意識の中、今にも壊れそうな程激しかった身体の痛みが、次第に薄らいでいく。


 背中から伝わってくる彩の温もりだけが、生きているという証のように、修を現実へとつなぎ止めてくれていた。


「修!」


 切り裂くような彩の声に修は振り返った。


 後一歩で相手まで届いていたのではないか。激しい疲労と共に、怒りが込み上げてくる。


 それでも何故彩が止めたのか、理由は分かっていた。


 二度と同じことを繰り返させはしないだろう。


 例え修自身が望んだとしても。


 例えもう残照ざんしょうのような心しかないとしても。


 気が付くと銃声は止んでいた。


 通路の床には潰れた銃弾が放射状に散らばっている。


 背後の二人は明らかにうろたえているようだった。


 銃を撃った先頭の一人だけが冷静にマガジンを交換している。


 彩に腕を引っ張られ、少しずつ後退する。


 扉のすぐそばまで来ていた。なんの部屋なのかは分からない。


 位置から考えると、部屋の中に別の出口があるようには思えなかった。


 それでも立てもることはできるかもしれない。


 もう少し時間を稼げれば、白館達が異変に気付いて、救援を寄越してくれるだろう。


 装填そうてんを終え再び銃を構える様子をみながら、修は消火器へと視線を向けた。


 銃口が真っ直ぐ修へと向けられた瞬間、破裂音が響いた。


 白い煙があふれ、視界をふさぐ。


 狼狽ろうばいした男達の声が聞こえる。


 銃声はまだ聞こえない。


 背後では彩が、扉脇に設置されたスリットへIDカードを通していた。


 非常用の電源が確保されているはずだ。


 しかし扉はむなしく警告音を発するだけで開錠されなかった。


 液晶パネルには「LOCK」という文字が赤く表示されたままだ。


 臨時に用意されたIDでは、余計な場所には入れないようにしてあるのだろう。


 彩を横に退かすと、修は扉へと視線を向けた。


 同時に端末から激しく火花が散る。


 扉の内部からは、金属がひしゃげる音が何度も響いた。


 最後にゴキンというなにかが折れたような音が聞こえ、扉が部屋の内側へとわずかに動いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る