第4-5話

「なにか見えたのですか?」


「いや、応接セットみたいな物が吹き飛んでいるというか、凄い勢いで移動しているように見えたんだが、電気が消えたから良く分からん」


 とにかく、動ける今のうちに一度地上へ戻った方が良いかもしれない。


 動いているか分からないが、この階の照明と電源が別系統なら可能性はある。


 みつるは腕を伸ばし、エレベータのボタンを押した。


 無事にランプが点灯したのを確認する。


 後はこの揺れで緊急停止しないことを祈るだけだ。


「うわっ」


 唐突にあきらが、普段より甲高かんだかい声を発した。


 その妙な声に驚いたみつるは視線を向けた。


 信じられないものを目の当たりにして、絶句する。


 頭の奥ではじけるような音が聞こえた。


 口の中に鉄の味が広がっていく。


「水……、ですね」


 みつるは言葉を無理矢理しぼり出した。


「なんだ? みつるなにかしたのか?」


 あきらは一、二歩後ろによろめいた。


 突然目の前に現れた大量の水は、二人をみ込む寸前で前進を止めた。


 通路の天井まで一気に満たされたのか、半透明の壁のように見える。


咄嗟とっさでしたので、加減を誤りました」


 みつるは微笑もうとしたが、思うように表情を作れなかった。


 右手を床に着き、肩で息をする。


 赤い液体があごを伝わり、ぽとりと落ちた。


「これは……、凄いな。まくでも張ってあるみたいだ」


 そう言ってあきらは、水の壁へと手を伸ばした。


「触れてはだめです」


 みつるは手のこうで口をぬぐうと、立ち上がりながら注意した。


「あっ、ああ……、そうか。にしても凄い」


 あきらはまだ水を見つめている。


 みつるはあきらがこちらを見ていない間になんとか息を整えると、ゆっくりと立ち上がり横に並んだ。


 剃刀かみそりで切ったようなするどく細いスリットが、左右の壁と床、天井にきざまれている。


 ななめに奥をのぞいてみたが、深くて底が見えない。


「いったいこの水はなんだ? 洪水、いや津波か?」


「水道管が破裂したという可能性もありますね。とにかく紀子さんに頂いた大切な絵が、れなくて良かったです」


 みつるは左手に持った筒状に丸めた紙を振って見せた。


「それどころじゃないだろう」


 あきらは苦笑すると、盛大に溜息ためいきを吐いた。


 扉が開く音と共に、二人の周囲が明るくなる。


 この状況でエレベータに乗るのは気が進まないけれど、他に道はない。

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