第3-7話

「……彩?」


 彩が急にしゃがみ込んだ。側頭部に右手を当て、左手を床に着いて苦しそうにあえいでいる。


「どうした。大丈夫か」


 修は彩の横に屈む。背中に手をやり、強めにさすった。


 彩は答えず、三人が来た道を振り返り、通路の奥をにらむようにじっと見ている。


 逃げて……。


「え?」


 彩のつぶやきを聞いて問い返したとき、照明がまたたいた。


「なんだ?」


 頭を上げ、天井の明かりを確かめる。


 狩野もおびえたような目で周りを確認している。


 再び照明が瞬き、今度は力尽きたように明かりが消えた。


 一瞬にして死の世界へ迷い込んだような、無機質で冷たい闇に包まれる。


「なにが起きた!」


 悲鳴にも近い声で、狩野が叫んだ。


 修は咄嗟とっさに、彩の頭に腕を回すと引き寄せた。


 彩は小声でまだなにか呟いている。抱えた腕から震えが伝わってくる。


 音もなく非常用ライトが点灯した。


 薄暗い赤い光が、三人の姿を浮かび上がらせる。


 狩野は無線を乱暴に引っ張り出すと、おそらく相手は制御室だろう、連絡を取ろうと何度も呼びかけている。


「くそっ! なんで応答しない!」


 無線に向かって怒鳴りつけと、狩野は警棒を取り出し、修達のいる方へと引き返してくる。


「ちょっと待っていて下さい。状況を確認してきます」


 狩野は二人の横をすり抜けながらそう告げると、床を蹴る安全靴の高い音を背後に残しながら走り出した。


「それ以上進んではだめ!」


 突然彩が腕を前に突き出し、狩野に向かって叫んだ。


 通路を曲がりかけたところで驚いた狩野が振り返る。


 薄暗い赤い光の中、狩野の見開いた目がはっきりと見えた。


 同時に硬いものが破裂したような乾いた音が響き渡った。


 狩野は胸の辺りに手を当て、確認するように手の平を見ている。


 両手で頭を抱え、彩は悲鳴を上げた。


 狩野がもう一度顔を上げる。


 修と視線が交錯こうさくした。


 狩野は幽霊を見たとでもいうような、引きった表情を凍りつかせると、ゆっくりとひざを折り、前のめりに倒れた。


 修はその様子をどこか遠くに見ながら、心臓の鼓動こどうが高まるのを感じていた。


 流れる血が熱く痛い。


 全身の毛が逆立っているようにも感じる。


 修は興奮を示す身体とは別に、冷静に状況を見ている自分がいることにも気が付いていた。


 人形のように首を左右に振りながら、座ったまま動かない彩を無理矢理立たせると、背後へと隠すように腕を引っ張り移動させる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る