第3-8話

 左後方には扉があったはずだ。右前方の少し出っ張った柱の影には消火器が置いてある。


 白館と出利葉がこちらへ向かっている。時間を考えれば大手町駅付近には来ているはずだ。


 しかし、この分だと少し間に合いそうもない。


 これが夢だとしたら、間違いなく悪夢に分類されるだろう。


 それも理由もなくただ殺されるような。理不尽で無慈悲な夢魔むまが見せる絶望の世界だ。


 修は負へと向かい出した思考を一旦止めた。


 自分を抑えることにも、またあきらめることにも慣れている。


 でも今はまだ早い。イドを越えて堕ちるときは一人で充分だ。


 時が止まったように、静寂がわずかの間続く。


 倒れている狩野はピクリとも動かない。駆け寄って確かめたいが、その時間もないだろう。


 修の腕にすがるようにしている彩の手が熱かった。


 非常灯の赤い光が、凄惨せいさんな場面を想起そうきさせて、奇妙な一瞬のバランスと共に脳裏のうりよみがえる。


 血だらけでたたずむ修のすぐそばで、まだ高校生だった彩が泣いている。


 はらはらと彩の白い頬を流れていた涙がとても綺麗で、けがれた自分の深い処に残像のように焼きついている。


 ……来る。


 彩がつぶやくのと同時に、狩野が倒れている通路の角から、黒い塊のような影が現れた。


 ゴーグルのようなものを着けているので顔を確認することはできない。


 闇に溶け込むような黒い格好をしている。ぶかぶかのズボンに長袖、救命胴衣のようなジャケットを身に着けている。


 こちらの存在に気が付いたのか、腰を落とし身構えている。


 すぐ背後に同じ格好をした別の二人が現れ、通路の真ん中に倒れている狩野の両足をつかむと、壁際に引きずっていく。


 最初に現れた一人が手に持った銃を修達の方へと向けた。


 銃器について修は詳しくは知らない。


 それでも相手が持っている銃が、特殊部隊などが持つ短機関銃だということは分かった。


 効率的に人を殺すことを目的に造られた負の存在。


 込められた意志に自身を重ね合わせながら、赤い光を反射して鈍く光っている銃口をにらむ。


 それはなんの警告もなく始まった。


 向けられていた漆黒の死の口から、ストロボのような光が発せられた。


 パラパラという乾いた連続音が響く。


 同時に修はえていた。


 狼の遠吠えに似ていたかもしれない。

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