第3-3話

「顔色が悪い。ロビーに戻って休むか? 医者を呼んでもいい」


「大丈夫だから」


 彩は震える声でそう答えると、狩野の後を追って再び覚束おぼつかない足取りで歩き始めた。


 止めさせようとすぐに追いかけたが、けわしい表情で彩がにらみ返してきたので、伸ばしかけた腕を下ろした。


 どうやら戻る気はないらしい。


 こうなった彩を説得するのは不可能に近い。


「どうかしましたか?」


 狩野が立ち止まり、怪訝けげんそうにこちらを見ている。


「なんでもありません」


 彩は怒ったように語気を強めた。


 呆然ぼうぜんたたずんでいる狩野の横を通り過ぎ、一人先に歩いていく。


 修は彩の後に続き、狩野の横を通るときに軽く肩を叩いた。


「あ、案内します」


 狩野が慌てて二人を追い抜いた。


 緊張したようにぎこちなく前を歩いている。


 警備の主任にしては、どこか頼りなく、おびえているようにも見えた。


 修は彩に追いつくと、横に並んで歩いた。


 相当な無理をしていることは分かっている。


 行き先は医務室だ。なにか薬があるだろう。


 支えるように彩の背中へと左腕をまわした。


 彩は微かな笑みを向けると、修の肩に頭を預けるように傾けた。


「分かっていることはなにもないのか?」


 修は質問を再開した。


 狩野はビクリと肩を震わせ、顔を手ででた。こちらを振り向こうともしない。


 今の二人の状態を考えると、これはさいわいなのかもしれないが。


「不審者を発見した場所は、今は使われていない第三資料室。発見者は巡回中の北村という警備員で、電子ロックはかかっていましたが、中から物音が聞こえたので調べることにしたそうです」


 問いただすのは後にして、まずは最後まで聞いた方が良いだろうと思い、修は黙っていた。


「そうしたら中に……、中に子供がいまして、驚いた北村が話しかけようとしたら、その……、前歯を折る怪我をしたわけです」


「子供が?」


 彩がかすれた声でつぶやく。


「子供に睨まれたら突然歯が折れたと北村は言っているらしいのですが、そんなことあるわけないですから、きっと驚いてどこかにぶつけたのでしょう」


 狩野はそう言って、力なく笑った。


 乾いた笑い声がコンクリートの壁に跳ね返り、見えない影を追うように反響を繰り返しながら徐々じょじょに遠ざかる。

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