第5-5話

「なるほどね。それだけ人の認識というのは不確かなもので、薄氷はくひょうの上を歩いているようなものだ、ということか」


 あきらは虚構きょこうと現実の境界の曖昧あいまいさに、寒気に似た怖さを覚えた。


 しかし、疑問に思ったのは暗示や催眠術さいみんじゅつ信憑性しんぴょうせいについてではない。


「俺が言いたいのは、タイミングについてなんだ」


 エレベータは完全に停止している。扉は閉まったままだ。


「思い込ませる対象を外因がいいん的に植えつけられたとしても、発動するきっかけを与えるにはどうすれば良いのか、ということよね。電車に一緒に乗っていたら、術者も事故に巻き込まれてしまうから」


 黙っていた一姫が顔を上げると、あきらの代わりに分かりやすく説明してくれた。


 どうやら話は聞いていたらしい。


「テレポーターがいれば問題ないけど……」


「高速で走っている電車から瞬間移動するのか? それもまた凄い能力だな」


「携帯電話やレーザーポインターを発動キーに使うとか……、私なら式神かな。どちらにしろ術者が絶対にそばにいなくちゃいけないということはないと思う」


 あきらの言葉を無視して、一姫はすぐに否定した。


「そうですね……」


 みつるは再びテンキーを操作して、コードを打ち込んでいる。


「例えばクマの形をした赤い風船なんてどうですか?」


 ロックが解除される音が響き、すぐに扉が開いた。


「うおっ」


「なにそれ?」


「実際は、幾つもの条件を複数組み合わせているとは思いますが」


 みつるは驚いている二人に微笑むと、スライドさせたパネルを元の位置に戻し、エレベータの外へと降りた。

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