第3-4話

 ここまでか……。


 急速に視界が薄らいでいく。


 宇治土は少年の中から現実へと意識を向けた。


まもれなかった無念は、真相を明らかにすることによって果たすよ』


 離れる寸前に感じた少年の想いに、宇治土はちかう。


 光の届かない深い闇の底から、水面へと浮き上がる感じに似ている。


 陽炎かげろうのように揺らいでいた多数の影法師かげぼうしが、次第に忙しそうに走り回る警官達の姿へと変わっていく。


 世界は音を取り戻し、周囲にざわめきがあふれ出す。


 宇治土は、背中にしかかったなまりのような倦怠感けんたいかんを、重い息と共に吐き出した。


「終わったのか?」


 片瀬が話しかけた。


「ああ、黒いロングコートを着た男が見えた。おそらく日本人だ」


 宇治土はひたいから手を離すと、ゆっくりと立ち上がった。


「日本人……、なのか?」


 横浜という立地条件と犯行の様子、そしてなにより長年の経験から、片瀬は外国人の犯行であると予測していたのだろう。


 宇治土自身も少年の目を通して感じた男の持つ雰囲気から、外国人だと思っていた。


 あの一瞬が無ければ、間違った情報を読み取ることになっていたかもしれない。


「多分な。年齢は二十代後半から三十代、身長は約一九〇センチ、せている」


「わかった。犯人の顔については絵を作成するから、署で詳しく教えてくれ」


 片瀬はそう宇治土に頼むと、部下の刑事を大声で呼んだ。


 犯人の特徴を全捜査員に伝えるように命じている。


「片瀬……、どうも別の誰かがこの場にいたような気がしてならない。これから直接黒コートの男を探ってみようと思う」


 宇治土は振り返り、男が少年を見てたたずんでいた階段へと向かった。


 途中、男が視線を向けていた崩れかけた煉瓦れんがの壁へと近づき、破片を一つ拾う。


「待て、宇治土」


 片瀬が慌てた声で呼び止めた。


 誤って過去にとらわれれば戻ってこられなくなることもあると、以前片瀬に話したことがあった。


 引力の強さは精神の強さに比例している。対象に宿やどる意志が強ければ、その分危険も増すことになる。


 片瀬はそのことを心配しているのだろう。


 宇治土はなにも答えず、男の立っていた場所で片膝かたひざを着くと、煉瓦片を握り集中を始めた。


「気をつけてくれよ」


 止める様子のない宇治土を見て、説得するのをあきらめたのだろう。


 すぐ横に立って見守っている。


 間もなく、男の力の異常さを示す兆候ちょうこうが現れた。


 嵐の中に投げ込まれたような錯覚さっかくおちいりながら、吹き飛ばされないように精神を集中する。

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