第9-2話

「なんだ。片瀬、遅刻か?」


臨検りんけんは一時中止だ。まずいことになった」


 息を切らせて走り寄ってきた片瀬は、宇治土の調子に合わせることなくそう告げた。


「なにがあった?」


「本町公園の現場からアルミニウムが検出された」


「アルミ?」


「高温の原因はおそらくテルミットだ」


「もっと分かりやすく説明してくれ」


「サーメイト、つまり焼夷弾しょういだんだよ」


「焼夷弾? この日本で?」


 あのとき感じた違和感はこういうことか。


 しかし戦時中じゃあるまいし、日本も物騒になったものだ。


 突然身体が揺らいだので振り返ると、真っ青な顔をした陽が椅子の背を握って立っていた。その手がかすかに震えている。


「陽さん。座って」


 宇治土は立ち上がり、陽の肩を支えながら空けた椅子へ座らせた。


「もう一度言う、彼らは大丈夫だ」


「はい……」


 陽はすがるように宇治土を見上げている。


「彼女、一姫は五十鈴いすずを受け継いでいる」


 宇治土は目を瞠って驚いている陽の肩を軽く叩くと、黙って様子を見ていた片瀬の肩に腕を回し、テントから離れるように海に向かって歩いた。


「中に入っている連中にはもう伝えたのか?」


「中止命令が出たばかりだ。連絡はしているようだが、まだ出てきた様子はない」


「焼夷弾なんて簡単に持ち込めるものなのか?」


「さあな。そんなものを使った理由もよく分からんが、スプレー缶くらいの大きさの手榴弾しゅりゅうだんがあるらしい」


「そんなに小さいのか」


 爆撃機に搭載とうさいするような爆弾を想像していた。


 使った理由ならなんとなく分かる。


 デモンストレーション。


 つまり黒コートの男へ力を示しておく必要があったのだろう。


 しかしそんな武器を持っているとなると、相手は大掛かりなテロ組織ということだろうか。


「まずいな」


 片瀬がクレーンを見上げながらつぶやいた。


「ああ、まず……?」


 背後で異質な気配が増したように感じ、宇治土は振り返った。


 目に入ったその光景にうめき声を漏らす。


 全ての毛が逆立ったような錯覚さっかくに捕らわれた。

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