第4-1話

 通路に出てしばらく歩いたところで、調査室から戻ってきた衣鳩に出会った。


「渋谷駅の調査ですか? お気を付けて」


「どうも」


 あきらは笑いながら答え、そのまま止まらずに通路を歩いて行く。


「東京駅の調査は、藤崎調査室長が担当しているでしょうか?」


 みつるは立ち止まると、少し迷い、それから衣鳩に耳打ちをするようにして尋ねた。


「いえ、違うみたいですよ。なにか……、お話があるのでしたら、まだ調査室の方にいらっしゃると思います」


「ありがとうございます」


 衣鳩の気遣きづかいに、みつるは礼を言って別れた。


 あきらのいる場所へと早足で歩く。少し先の階段で、あきらはこちらを見て待っていた。


「どうした?」


「すみません。ロビーで待っていてもらえませんか?」


「分かった」


 あきらは理由も訊かず、軽い足取りで階段を下りて行く。


 みつるはあきらの背中を見送ると、あきらとは逆に階段を上り、調査室へと急いだ。



 四階にある技術情報調査室の前で立ち止まると、息を軽く整えてから、扉をノックした。


 間を置かず「どうぞ」という声と共に扉が開いたので少し驚いたが、顔には出さなかった。


 扉のすぐ内側に、調査室長である藤崎美紀ふじさきみきがコートを片手に立っていた。どうやら丁度出かけるところだったようだ。


 みつるだとは思わなかったのか、藤崎の方が驚いた顔をしている。


「お出かけのところでしたか。すみません」


「構わないけど……」


 藤崎は眼鏡の位置を直しながら、途中で言葉をにごした。


 その後二人とも黙ったため、二人の間をみょうな空気が流れた。


 突然現れたみつるについて、その理由を考えているようにも見えた。もう気が付いているのかもしれない。


 冷静を取りつくろっているように見えたのだろうか。藤崎とみつるの態度に、調査室員の安藤彩あんどうあやが小さく笑い声を漏らした。


 その向こうでは長谷川修はせがわしゅうという調査室員が、黙々と書類を作成しているのが見える。


「用件は?」


 苦笑しながら藤崎がみつるに尋ねた。


「東京駅の調査をすると聞いたのですが……」


「安藤と長谷川に調査をお願いしたわ」


 みつるが言い難そうにしていると、それを察したのか藤崎が先回りして答えた。


「そうでしたか。すみません」


 みつるは意味もなくつい謝っていた。


 確かに安藤ならば、誰よりも迅速じんそくに危機を回避できるかもしれない。それに長谷川なら、調査室の中では最も不測の事態に対処できる可能性が高い。

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