第8-1話

 闇が全てを支配しているさくの夜。


 大峰山おおみねさん鎮座ちんざする天の川神社の奥社おくしゃ弥山みせん奥院に一つの人影があった。


 厳重に符で封印された扉を開き、中から小さな桐の箱を取り出した。箱の表面には、三角とその三つの角に円が描かれた、奇妙な紋が彫られている。


 その人影は確かめるように手で彫りをなぞると、箱を抱えて山を下って行った。



 長いトンネルを抜けた先に人口二千五百人に満たない村がある。


 そこは近畿の屋根と呼ばれる大峰山系の山々によって外界とは隔絶かくぜつされているが、年間六十万の人々が参拝に訪れる信仰の地となっている。


 外界の気とは異なる、霊気にも似た不可思議な波動に包まれた天の川村の西。


 石畳の道を進み、大辯才天だいべんざいてんと書かれた赤鳥居をくぐると赤い橋があり、その橋を渡ると石鳥居の右側に階段が現れる。


 石灯籠を左右に見ながら、階段を上った先に天の川のやしろはあった。


 市杵島姫命いつきしまひめのみこと辯才天がまつられている。


 深夜零時を過ぎ、社の周りは音一つしない静寂に包まれていた。


 社の奥の部屋に明かりが灯っている。


一姫かずひはいるか?」


 壮年の男の声が、静寂を破り辺りに響く。


「はい。ただいま参ります」


 まだ少し幼さの残る少女の声が答えた。


 暗闇の中、板張りの廊下を歩む音が、明かりの灯っている部屋へと近づく。


「入ります」


 障子が開き、巫女装束みこしょうぞくの少女が現れた。


「そこに座りなさい」


「はい、お父様」


 少女に父と呼ばれたのは、天の川神社の宮司を努めている姫宮柿久ひめみやかきひさである。


 その娘、姫宮一姫は学業のかたわら天の川の巫女を努めている。


「幾つになった?」


「三月で十五になります」


「そうか、もう十五になるのか」


 子供だと思っていた娘が、何時の間にか大きくなっていたことに驚きながら、父として余り時間を与えてあげられなかったことを、宮司としての仕事を優先し、良い父ではいてあげられなかったことを、心苦しく思う。


 それでいて人として、そして巫女として立派に成長している娘に、嬉しくも一抹いちまつさみしさを感じていた。


「一姫、これを」


 そう言って柿久は、桐の箱を差し出した。


「これは……、お父様!」


 ふたに刻まれた紋様から、なにが納められているのか、一姫にも分かったのだろう。


「開けてみなさい」


 彫り込まれた紋によって、その箱は固く封じられていた。


 父にうながされ、一姫は飲み込んだ息を小さく吐くと桐の箱に手を伸ばした。


 箱に触れた瞬間、まばゆい光りが走った。

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