第3-11話

「そうか」


 修はそう答えると、部屋の奥へと視線を向けた。


 自分達以外に人の気配はない。


 部屋の大きさは大きな会議室くらいあるだろうか。奥に長い長方形をしている。地下なので当然窓はない。


 手前から三分の二くらいの位置に透明なガラスの壁があり、部屋が分けられている。


 壁際に置かれた長机の上には実験用の器具が整然と並んでいる。


 部屋の奥、ガラスで覆われた先にアイソレーターのような物が見えた。


 修は彩の肩を軽く叩くと、立ち上がった。


 まだふらついたが、さっきよりは幾分いくぶんか身体が軽い。


 一緒に立ち上がった彩は、ジャケットのすそについたほこりを払っている。


 部屋の一番奥の壁にはキャビネットが並んでいる。


 予想した通り、他に出口はなさそうだ。


 修は赤く薄暗い部屋の中を横切り、中央右の柱近くに置かれたパソコンの前へ移動した。


 試しに電源スイッチを押してみる。しかしなんの反応も返ってこない。


「どう?」


 すぐ後ろに付いて来た彩がたずねた。


「だめだな。電気が回復しないことには、外と連絡するのは無理だろう」


 修はパソコンをあきらめ、電話機がないか見回した。


 電話線から電気が供給されていれば、使えるかもしれない。


「そんな……」


 彩のつぶやきを聞いて修は振り返った。


 両手で頭を抱え、彩が苦しんでいる。


 頭を振りながら震えだした彩を強く抱きしめると、修は扉へと視線を向けた。


「みんな、死んでしまう。みんな……」


 彩は同じことを繰り返し呟いている。


 あごに手をやり、顔を上げさせたが、修の顔を見ていない。


 どこにも目の焦点が合っていないように見えた。


 まだなにかあるというのか。


 修は怒りを抑えるように唇を強く噛んだ。


 耳を澄まし、周囲の様子をうかがう。


 彩の嗚咽おえつとは別に、重く固いものがうごめくような、鈍く低い音がしていることに気が付いた。


 その音は扉の向こうからではなく、予想に反して自分達の足元、地の底から響いていた。


 地鳴りのような音が次第に大きくなり、床が波打つように揺れ始めた。


 修は彩を抱え、部屋の奥へと移動する。


 太い柱の影に彩を座らせようと屈んだとき、彩の顔が蒼白あおじろい光を受けて浮き上がっていることに気が付いた。


 なんだ? 光源を求めて彩の服を探る。


「白館……」


 紋章もんしょうのような金色の回路が薄く透けて、蒼く淡く輝いている石を握りしめると、修は口の端に小さく笑みを浮かべた。

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