第6-1話

 横浜山手の高台に外国人墓地がある。


 安政元年に日米和親条約を結ぶために来日していたアメリカ使節、ペリー艦隊の水兵が事故死したとき、当時寺院の境内けいだいであったこの地に埋葬まいそうしたのが始まりだった。


 以来今日にいたるまで、四千六百人余りの人々がとむらわれている。


 昼間は喧騒けんそうに包まれる、横浜の港町も眠りについている夜深い時刻。


 他の墓石に比べまだ新しい十字の形をした墓石の前に、黒いコートを着た背の高い男が一人たたずんでいた。


 深くしげった草木の奥、墓地の周りにはその男以外、人の気配はない。


 手には白いユリの花束が握られている。


 祈りの言葉だろうか。


 低く透る男の声が静寂せいじゃくを破り、冷えた大気を震わせる。


 男は花束を墓石の前にそっとささげた。


 墓地の下方、遠くに見える港からは汽笛きてきの音が聞こえてくる。


 男はしばらく眺めた後、振り返ると、外国人墓地の敷地を囲むさくの方へ向かって歩き始めた。


 墓地の周りに立ち込めていたきりが次第に濃くなり、男の姿を消していった。

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