第2-3話

 水智は目一杯体を反らした。椅子がきしみ、背中が痛い。


 発信機を盗聴器かなにかと勘違かんちがいしているような気がしてならない。


「桜井さんのその右手の回路と同じで、ATPの位相いそう変換を……」


 どんどん早口になっていく。


 途中、香那が右腕を前に突き出してきたので、水智は怖くなって目を閉じた。


 サングラスって凄く威圧的な印象を与えるから良くないと思う。


「……?」


 なにも起きないので恐る恐る目を開くと、すでに元の位置に戻った香那が、手に持った物をじっと見ていることに気が付いた。


 水智がディスプレイの上に飾っていた、ネコっぽいイヌの置物のようだ。


「全然興味ないのね」


 水智は口をとがらせた。


 みつるの名誉のためにも誤解を解きたかったけれど、僕には無理みたい。


「あれ?」


 斜め左上の小型ディスプレイに表示させていたプロセス監視画面を、正面へ映るように切り換えた。


 システムの動きがどこかおかしい。


 水智はシステムのソースコードをディプレイに流して、改竄かいざんされた箇所がないか急いで確認する。


 筑波つくばとのトラフィックが急増していることも気になった。


「これクマ?」


「イヌだよう」


 用件を言って早く帰れば良いのに。ひまなのかな。


 水智は自動で流していたソースを止めると、一瞬気を取られて見逃した三画面分だけ前へ戻して再表示させた。


「ところで気になっていることがあるのだけれど」


「うん? なになに?」


 水智は笑顔でうながした。やっと本題に入ってくれるみたい。


「エルザって誰?」


「え?」


「さっき弓波さんが言っていたじゃない。エルザが来たとか。どうしようとか」


「ああ……、そのこと……」


 水智はがっくりと項垂うなだれながら、またソースを二画面ほど戻して、表示を流すのを止めた。


 後で集中してやった方が早い、きっと。


「クラッキングを目的とした知的マルチエージェントのことだよ。昔、僕が勝手に名前を付けたんだけど、定着しちゃったみたい」


「ふーん。それがエルザさん?」


 しばらく考えていた香那が、突然なにかに気が付いたのか、いぶかしげな声に変わった。


「弓波さんが名付け親?」


「E.L.I.Z.A.って人じゃないからね」


 水智はあわてて補足した。


「プログラム……、分かりやすく言うとロボットみたいなものだよ」

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