第7-1話

「あるはずのない地下五階に、竹林と鳥居か」


 京都の山奥にでも迷い込んだような錯覚さっかくに捕らわれる。


 白い玉砂利たまじゃりきつめられた小道の両脇には竹林が続き、薄暗く照明されているためか竹林の奥に在るはずの壁が見えない。


 石灯籠に灯された火が人工の風に揺れ、三人の歩く姿が大きな影法師かげぼうしとなって無邪気にたわむれている。


 神社特有のひんやりとした空気を感じながら鳥居をくぐり、道の中央に敷かれた石畳を進む。


 エレベータを降りてから無言で歩いているみつると一姫の様子を、さり気なく観察してみる。


 みつるは普段と変わらない。


 驚きなのは一姫だ。


 傍若無人ぼうじゃくぶじんに振舞っていたのが嘘のように大人しい。


 表情もどこかりんとして、認めたくはないが近寄り難い雰囲気をかもし出している。


「とりあえず、人為的に事故を起こせる可能性があることは分かったよ」


 とにかくみつるの考えを聞きたい。あきらはそう切り出した。


「犯人も動機も分からないけどな」


「事故じゃないなら莫耶が関わっているし、莫耶じゃないなら事故だったということじゃないの?」


 一姫がすぐに答えた。


「AIが盗めないなら、そういうことでしょ?」


「なんか数学みたいなこと言うなぁ」


 やはり勘違いだったのか。


 一姫はもう元に戻っている。


 いや天の川神社での一姫が本来の一姫なら、元に戻ったという表現はおかしいのか?


「集合論とか帰納法とか」


 一姫が楽しそうに言う。


「背理法とか認知バイアスとか」


 みつるも微笑ながら一姫に続く。


「みつるさん。認知バイアスは心理学よ」


「話がずれてるから」


 あきらは溜息をつきながら指摘した。


 数学はπが出てきたあたりから一気に胡散臭うさんくさくなった記憶がある。


 それにしても一姫は意外だ。理系なのか?


 細い参道をさらに奥へと進むと視界が開けた。


 神明造しんめいづくりのやしろが姿を現す。


「莫耶のAIクラスのソフトが他者に作れないという保障はないだろう?」


「そうなの?」


「たしかにそうですね」


 社の前で石畳を掃いていた巫女が、三人に気が付いて会釈えしゃくした。


 知り合いなのだろうか、一姫が手を振りながら小走りに駆け寄る。


「莫耶だと思うか?」


 一姫が離れたので、あきらは小声でみつるに聞いた。


「どちらの意味で聞かれているのか分からないのですが……」


 困ったような表情を見せたみつるは、天井を見上げてつぶやいた。


「だと思います」

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