第4-1話

 突然泣き出したときにはびっくりしたけど、もうだいぶ落ち着いたみたい。


 今は大人しく作業を続けている。


 統括管理室の人達は、水智に無理をさせ過ぎなのではないかしら?


 最初、私のせいで泣かせてしまったのかと思って、慌てて手に持っていた人形を元の場所に戻した。


 その後、なにかないかとポケットを探して見つけた、ピエロのクマの人形を隣に置いたのは、余計だったかもしれない。


「良く分からないけど、悪者の正体まで分かっているのなら、アジトを押さえたら?」


 落ち着いた頃を見計らって、思いついたことをそう提案してみた。


 少しでも役に立てれば良かったのだけれど、ボットネットとか言う、世界中に秘密の隠れ家があるみたいでダメみたい。


 エルザって映画やマンガにでてくる怪盗みたいね。


「ああっ、分かった!」


 唐突とうとつに水智が叫んだ。


 物思いにふけっていた香那は、思わず手に持っていた缶を強く握り締めていた。


 凄く甘そうな名前の付いたその空き缶は、水智の席のすぐ横の棚に飾られていたものだった。


 彼にとって大事なものなのかもしれない。


「なんのつもりなのかな」


 机を両手で叩くと、水智は立ち上がった。


「ど、どうしたの?」


 凹んだ部分を元に戻そうと、こっそりと力を込めていた香那は、息が止まるほど驚いた。


 驚き過ぎて鳩尾みぞおちの辺りが少し痛い。


「えへへ」


 水智は悪戯いたずらっぽく笑うと、目の前のディスプレイに取り付けられたWebカメラを勢いよく引き抜いた。


 なにがしたいのだろう。わけが分からない。


「そだ、これ」


 水智は腹のポケットから板状のガムを取り出し、香那に差し出した。


「え?」


 咄嗟とっさに缶を後ろ手に隠す。


 香那が戸惑っていると、水智が立ち上がり、男の子が照れ隠しにするように、わざとらしく乱暴に、押し付けつるようにしてガムを手渡した。


「あ、ありがとう」


 人形のお礼のつもりなのだろうか。


 大切にしていたクマだけど、喜んでくれたみたいだから良いかな。


 水智はなにも答えず、椅子を押しながら香那の横をすり抜けて、部屋の出入口へと移動させた。


 香那は、そんな水智の後姿をぼんやりと見ていた。


 首の後ろでパーカーの帽子がゆらゆらと揺れている。


 見た目は小学生のようだけど、たしか年齢は十五か十六くらいだったはずだ。

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