第6話 その名は、ランラン丸

 どこまでも続く、黄金の麦畑。


 そこに俺と、少女は立っていた。


 少女は黒い着物に、紫色の髪、金色の瞳で、歳は15、6といった所だろうか?


 風が吹き、彼女のおかっぱの髪がゆれる。

 すると少女がこちらを見て、にっこりと笑った。



「おい兄ちゃん、大丈夫か?」


 気付くと目の前に無精ひげを生やした親父が居た。武器屋の親父だ。


「大丈夫か? ボーっとしてたみたいだが」

「あ、ああ」


 俺は気付くと武器屋に居て、先程の日本刀を手に持っていた。


 いったいなんだったんだ? さっきの光景と、あの少女は……


「なんだ、そいつが欲しいのか?」

「え?」


 親父は俺が手に持っていた日本刀を見ていた。


「そいつは旅の剣士から買い取ったものでな。見た事ない珍しいものだから買い取ってはみたが、どうやってもサビが取れないし鍛えようもなくてな、欲しいんなら、格安で売ってやるぞ?」


 俺は手に持った日本刀を見る。

 確かにサビだらけでボロボロだった。鞘から抜いてみると……刃こぼれしまくっている。


「おじさん、この剣って……しゃべったりする?」

「剣がしゃべるなんてのは聞いた事ねえな」


 そうだろうな、俺もクエファンでしゃべる剣があるなんて聞いた事がない。


「で、どうする? 今なら3P(ピール)で売ってやるぜ?」

「安すぎない?」

「処分品だからな」


 なんだかちょっとかわいそうになってきた。正直武器としては使えそうに無いが、さっきの声と光景が気になる。

 親父には声が聞こえていなかったみたいだし、そもそもゲームに存在しない武器だ。何かあるのかもしれない。


「買うよ、おじさん」

「おう、毎度あり! せっかくだからオマケにベルトもつけてやるよ」


 俺は日本刀を買った。オマケのベルトで腰に刀を装備した。

 所持金は14Pになった。


 俺は武器屋から少し離れた所で、もう一度刀を抜いてみる。


「……おい、しゃべるならしゃべっていいぞ?」


 ……何の反応も無い。


 何やってるんだ俺は?


 ちゃんとした武器を買わず、ボロボロの日本刀を買って、しゃべるわけがない武器に向かってしゃべれとか。


 俺は刀を鞘に戻す。


 すると、刀が突然輝き始めた。


「え? な、なんだ?」


 刀が輝き、そしてなぜか、俺の尻も光り始めた。


 何かある度にいちいち尻が光るの、そろそろやめない? なんて思っていると、声が聞こえてきた。


「名前を……新しきご主人の名前を……教えて欲しいでござる」


 さっきの女の子の声だった。


 ご主人? 俺の、名前でいいのか?


「リクトだ、天崎 陸斗(アマサキ リクト)」


 俺は刀に向かって話しかけた。


「ふむふむ、リクト殿でござるな。承知した! これより拙者は、リクト殿の力となるでござる!」


 刀の輝きが一層強くなり、視界が白く染まった。



 光がおさまると、そこには……サビがなくなり、本来の輝きと姿を取り戻した、日本刀があった。


「いやー、リクト殿の魔力のおかげで、拙者、華麗に復活したでござるよー」


 なんだか気の抜ける、のんびりとした声だった。


「この声……お前、この日本刀、なのか?」

「日本刀というのがなんだかはわからんでござるが、いかにも拙者はこの剣、ランラン丸でござる」


 ランラン丸、それがこの刀の名前か。


「ふむ、剣がしゃべったというのに、意外と冷静でござるな、リクト殿は」

「まあ……俺にも色々あるからな」


 クエファンには無かったが、しゃべる剣というのは、RPGやファンタジーでは良くある事だ。今さら驚く事もないだろう。


 ……うん、ほんとはちょっと驚いたけど。


「まあ、気味悪がられて捨てられるよりはいいでござるな」


 ランラン丸が笑う。結構明るい性格の様だ。


「ではあらためて、拙者はランラン丸。以前は人の身でござったが、色々あって、この剣になっていたでござるよ」


 色々あって剣になったって……思ったより重い設定だな。


「その割には、なんか軽いな」

「もう何年も剣やってるでござるからなー。人だった頃の記憶はあいまいでござるし、なんで剣になったかもいまいち思い出せないでござるし、今さら悩んだりしても無駄でござるよ」


 いや、そんなもんでいいのか?


「それよりもうれしいでござるよ。今までのご主人は、みんな気味悪がって、すぐに手放されてしまっていたでござるからな。こうしてちゃんと話をしてくれるご主人は居なかったでござる」


 ……うん、まあそうだろうな。普通に考えたら、剣がしゃべるとか、不気味だろうし。

 しかもなぜかござる口調。忍者か侍だったのか?


「いやぁ、ようやく話が通じるご主人に出会えて、ほんとうれしいでござるよ! それも魔力持ち! 魔力を通してもらえないと、拙者、ボロボロの剣でござったからなー」


 この刀は、魔力を通すと本来の力を発揮する武器だったって事か。


 あらためて刀を見ると、刃こぼれは無くなっており、持っているだけで力がわいてくる気がする。


「しかも! ただの魔力では駄目でござる。拙者と相性が良い魔力でないといけないんでござるが、リクト殿の魔力は拙者と相性ばっちりでござるよ」

「そ、そうなのか?」


 魔力にも違いがあるのか。俺の魔力は……尻が光るロクでもない魔力だけど。


「さらに! リクト殿はなんと、拙者好みの顔! ……これはほんと、ラッキーでござるな」

「……か、顔をほめられたのは初めてだよ」

「まあそうでござろうな。拙者、人だった頃は男の趣味悪いってよく言われていた様な気がするでござるから」


 どういう意味だこのやろう。遠まわしに馬鹿にされてるのか?


「まあまあ、これでも拙者、結構強いでござるから、役に立つでござるよ! 拙者を装備して、冒険力もかなり上がっているのではござらんか?」


 俺はそう言われて、ステータスカードを確認する。


「おお! 冒険力が102になってる!」


 33から一気に102とは、これはすごい。


「ショボっ! 102って! そ、そんなはずは……いくらなんでもショボすぎるでござるよ!」


 ランラン丸が驚いている。

 ええいうるさい、こちとら元が33なんだよ。ショボいって言うな。


「拙者だけでも、冒険力は8000はあるはずなのに……なんでそんなに下がるでござる?」

「え?」


 は、8000? いくらなんでも高すぎね? 最強装備でもそこまでいかないぞ? そしてそれがなぜ102に?


「これはおそらく、リクト殿のマイナス補正が強すぎるのでござるな、きっと」


 俺のマイナス補正、どんだけだよ!? っていうかなんだよマイナス補正って!


「と、とにかくだ! いくらショボいって言っても、102あれば弱い魔物なら倒せるだろう。結果から言えば、これで戦力はかなり上がったんだ」


 確か、ゲーム内で一番安い木刀を装備して上がる冒険力は、10だったはずだ。そう考えれば、ランラン丸を装備して69も上がったんだから、たいしたものだ。


「お金も結構浮いたし、結果オーライだ、うん」

「まあ、拙者としても魔力を持っていて話ができるご主人だったというだけでラッキーでござるな。それも好みの男……うん、よく考えてみれば、結構良い結果でござるな!」


 俺とランラン丸はお互い納得しあった。


「これからよろしくな、ランラン丸!」

「よろしくでござるよ、リクト殿!」


 こうして俺は、ランラン丸を手に入れた。冒険力が102に上がった。



 続いて俺達は、道具屋に向かった。


「いらっしゃいませ」


 こちらはあまり感情の起伏がないお姉さんが店員さんだった。


「さて、回復アイテムはっと……」


 俺はまず、回復アイテムを探した。


《かいふくーん 8P》

《まかいふくーん 15P》


 かいふくーんはHP回復アイテム。まかいふくーんはMP回復アイテムだ。


「ゲームと同じ値段か……わかっていたが、高いな」


 俺の所持金は14P。残念だが、かいふくーん1つしか買えない。


 マイルームに1つあるから今日はやめておくか? ランラン丸も手に入った事だし。


 散々悩んだが、俺はかいふくーんを1つ買う事にした。安全には変えられない。


 残り所持金が6Pになった。

 俺は道具屋をあとにして、宿屋に戻る事にした。




 ◇


「あ、おかえりなさい! おにーちゃん」


 コルットが笑顔でむかえてくれた。ケモ耳がピコピコ動いていて可愛い。


「ただいまコルット、元気だったか?」

「うん! 元気にお手伝いしてたよー!」


 俺はコルットの頭を撫でてやり、2階の部屋に戻った。



 さて、あらためて今日の反省会だ。


 俺はまず、今日購入したかいふくーんをカバンに入れておく。

 これがあれば今日、すぐに回復して逃げられたはずだ。


 俺の回復魔法はいちいち尻が光るせいで外では使えない。ほんと無駄なチートだ。


「で、次はマイルームの使い時だな、今のMPじゃ1日1回しか使えないし、タイミングを考えないと」


 今の所、マイルームで必要な機能はマップと風呂だ。


 あとはいざという時の避難所か。


 今日もケモリンに襲われた時、マイルームが使えていれば、マイルームの中に逃げ込こんで、モンスターから逃げられたはずだ。


 まあ、今は1日1回だからな。今後に期待しよう。

 レベルが上がってMPが増えれば、使用回数が増えるはずだ。


「さて、そうなると現在の使い時は……夜、風呂に入る時に同時にマップを確認しておくか? ……いや、ゲームでは時間が経つとアイテムの配置場所が変わる仕組みだったからな、夜に確認しても、朝には配置が変わっているかもしれない」


 そう思うと、朝確認するのが一番だが、それだと夜、風呂に入れない。


「少し高いが、MP回復アイテムを買うしかないか」


 確かまかいふくーんは、使うとMPが50回復するはずだ。俺の最大MPは20だから勿体無い気もするが、仕方ない。



「あとは、これからの目標だな。まずは、モンスターを倒してレベルを上げる、だな」


 俺は今日、武器を手に入れた。冒険力も102になったし、少なくともケモリンには負けないだろう。


「油断は禁物でござるよリクト殿。武器は拙者を手に入れたでござるが、防具が布の服では、ちと心許ないのではござらんか?」


 ランラン丸の言う通りだった。


 そうだ、防具だ。


 ランラン丸があればケモリンは一撃で倒せるだろうが、それでも攻撃を食らう可能性が無い訳ではない。


「……MP回復アイテムを買うのも、防具を買うのも、金が足りないな」

「でござるなー」


 しばらくは無理をせず、薬草採集でお金を貯めるしかないか。


「あと、ある程度修行もするでござるよ。拙者を使いこなす為には、せめて素振りくらいするでござる」

「ふむ……それもそうだな」


 素振りで修行か。


「いいな、それ。修行でレベルアップか……うん、すっげえゲームっぽい! よし、早速やるか!」

「おお! その意気でござるよ、リクト殿!」


 俺は早速、宿屋の庭で素振りをする事にした。



 そして10分で飽きた。


「根性無さすぎでござるよリクト殿おおおおお!」


 ランラン丸がうるさかった。

 レベルはもちろん、上がらなかった。



 俺はその後、夕食をマイワ亭で済ませた。

 さすがに今日は最安値の《パンとスープセット 3P》にした。残り所持金が3Pになった。


 そして今日の風呂は、浴場に行く事にした。入浴料は2Pだった。残りは1P。ギリギリで生きてるな、俺。


 というかこれならマイルームでわざわざ風呂に入らなくてもいいんじゃないか?

 MP回復アイテムが15Pだから、浴場の方が安いじゃないか。


 駄目だな俺、視野がせまくなっているみたいだ。


 ちなみにランラン丸は宿屋に預けてきた。

 マイルームに置いておければ一番なんだがなあ。早くマイルームが気軽に使用できる様になりたいものだ。



 そして俺は浴場に入る。

 結構広めの浴場だった。大きな湯船が3つある。さすがにシャワーは無いみたいだ。どこからお湯を引っ張ってきているんだろう? 謎だ。


 そして俺は気付いた。ここは公衆浴場。たくさんの人が利用するという事を。


 つまりはだ、時間によってはエンカウントしてしまうのだ。



「き、君は!?」


 男勇者と。


 男勇者が湯船から立ち上がる。

 ……タオルくらい巻こうぜおい。っていうか、立派だなちくしょう。


 俺は全裸の勇者と向かいあう。


「……君とは一度、妹の事について、ゆっくり話したいと思っていたんだ」



 どうやら今日の入浴タイムは、面倒な事になりそうだった。

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