第52話 オーガ、忘却の彼方へ

 俺達はオーガ軍団を追って、以前攻略した盗賊のアジトにきていた。


 しかし、もはや全員、オーガのことなど、どうでもよくなっていた。



「リクト! お詫びに私がなんでもお前の言う事を聞こう! さあ、何でも言ってくれ!!」



 エリシリアの衝撃的な発言で、その場の空気が凍った。


「おいエリシリア! ふざけた事言ってんじゃねえぞ!」


 一番最初に声を出したのは、気の強そうな男だった。

 見た事ないやつだな。サンダーの紋章のキャラじゃないのか。


「ザイン、私は本気だ。確かにリクトには討伐を手伝ってもらう様に依頼したが、まさか全てリクト達に任せて、我が王国軍は観戦していただけだなんて……ありえん失態だ」


 いや、何もそこまで言わなくてもいいんじゃないかな。


「え、エリシリア、俺達は別に気にしてないからさ」


 申し訳なさそうにしているエリシリアに、声をかける。


「リクト……すまない、気を使わせてしまったな。それによく考えてみれば、私なんかが何でもすると言っても、お前にとっては迷惑なだけだな」

「いや! 迷惑なんて事はないぞ!」


 ……あ、しまった。つい。


「テメエ! エリシリアに何をさせる気だ!?」


 気の強そうな男が俺に詰め寄ってきた。


「よさないかザイン!」

「エリシリア! テメエ正気かよ!? こんなスケベそうな顔したやつの言う事を、なんでも聞くなんてよ!」


 誰がスケベそうな顔だ!?


 べ、別にスケベなお願いとか、考えてないし!


「コノヤロウ! ニヤニヤしてんじゃねえよ!」


 に、ニヤニヤとかしてないはずなんだがな。


 ちょっとその、なんだ。エリシリアが困る顔が見てみたいなとか思ったり思わなかったり。


「テメエ! この俺と勝負しろ! 俺が勝ったら金輪際、エリシリアに近づくんじゃねえ!」


 なんだかわからないが、いきなり勝負をしかけられた。


「おい待て、何を勝手な事を」

「エリシリアは黙ってろ! これは俺とこいつの問題だ!」


 強気な男は、エリシリアの静止を聞く気はないみたいだった。


 こいつ……エリシリアの事が好きなんだな。多分。それで俺が気に入らないと。


「はいはーい、ちょっと待ってねー」


 それを止めたのは、ロイヤルナイツのひとり、フレイラだった。

 ロイヤルナイツ最年長で、みんなのお姉さんだ。


「ねえザイン君、百歩ゆずって勝負はいいけど、あなたが負けたらどうするの?」

「俺は負けねえよ!」


 ザインはフレイラにもかみついていた。


「ザイン君? お姉ちゃんのお話、聞いてね?」


 フレイラから得体の知れないオーラが出てくる。


 確かゲームでもあったな。お姉ちゃん怒ってるぞオーラだ。


 実際に見るとこんなに怖いとは。

 これは誰も逆らえないわけだ。少なくとも俺には無理だ。


「な、なんだよ、俺が負けるわけないのに、どうでもいいだろそんな事」

「ダーメ! ちゃんと決めなさい。あなたが負けた時、どうするのか」


 ザインにそう言うと、フレイラがこちらを見る。


「そうね、ザイン君が勝ったら金輪際エリシリアにかかわらない、だから、ザイン君が負けたら金輪際、この人とエリシリアが仲良くしていても、私達全員、文句を言わない。というのはどうかしら?」


「なっ!?」


 ザインだけでなく、その場に居た全員が声をあげた。


「待ってくださいフレ姉! なぜザインだけではなく、私達全員なのですか!?」


 最初に声をあげたのは、ロイヤルナイツのひとり、レズリーだった。

 エリシリアをお姉さまと慕う妹キャラ、と当時は思っていたな。


 実際は……名前の通りだ、うん。

 まあ、この子もちゃんと攻略できるんだけどな。


 でも最終的には、主人公よりエリシリアの方が好きって子だった。


「納得できません! なぜザインが負けたら、私達全員なのですか!?」


「だって、そうしないとここにいるみんながこれからこの人に戦いを挑んじゃうでしょ?」


 フレイラがアッサリととんでもない事を言う。


 だが、あながち間違いではなさそうだ。ザインといい、さっきの王子様といい、みんなエリシリアを慕っているみたいだからな。


「ここにいる全員で挑んで、誰かひとりでも勝ったら良し、なんて酷いじゃない? だから私達の中で、この人と戦うのはひとり。そのひとりが負けたら、私達は全員文句なしって事にしましょう」


 フレイラの提案に、さらに待ったがかかる。


「待て! ならばザインではなく、余が戦おう!」


 待ったをかけたのは、王子様だった。


「マクライド! テメエなんかが勝てるわけないだろ! 引っ込んでろ!」


 おいおいザイン、仮にも王子様相手にそれはどうよ? 大丈夫なのか?


「黙れザイン! エリシリアの一大事を、キサマなどに任せておけるか!」

「それはこっちのセリフだ! テメエなんぞにエリシリアを任せられるか!」


 にらみ合う二人。そこにさらに人が押し寄せる。


「待ちなさい! お姉様の一大事、あなた達に任せてはおけません! ここは私が!」


 レズリーまで、王子様相手にいいのか? これが王国式なんだろうか?



「いや俺が!」

「いいや俺だ!」

「私よ!」

「この俺が!」



 次々に名乗りがあがり、どんどん収集がつかなくなってきた。


「ほらね、みんな戦いたがると思った。だから私達の中で代表を決めないといけないのよー」


 フレイラが一度、手をパンと叩いた。


「はーいみんな注目ー! 聞き分けのないみんなに、お姉ちゃんから提案がありまーす!」


 全員がフレイラに注目した。


 まあなんだ、ゲームとは違う人達も大勢いるが、みんなフレイラに逆らえないのは同じなんだな。


「3日後、武道大会を開きます! そこで優勝した人が、このリクトさんと戦える、という事にしましょう!」


 おいおい、なんだか大事になってきてるけど、いいのか?


 全員がフレイラの提案を聞いて、考え始めた。


「おいフレイラ、何を勝手な事を……」


 これに唯一、異議を唱えたのは、エリシリアだった。


「私はこんな事をしなくても、リクトの望みを聞くつもりなんだが」

「はいはい、エリちゃんは静かにしててねー。みんなが納得するには、必要な事なのよー」


 エリシリアもフレイラには勝てないみたいだった。


「というわけで、リクト君、だよね? 3日後にお城に来てくれないかな?」


 完全にフレイラのペースだった。


 まあ俺も、ここにいる全員と戦うよりはいいけどさ。


「題して、エリシリアちゃん争奪戦! お尻も光るよ! だね!」


 フレイラがビシッと決めた。


 それを見て、ここにいる全員が決意を固めた様だ。


 俺を倒すと。



 こうして、オーガの討伐など無かったかの様に、3日後に大会が開かれる事になった。


 とはいえ俺は最後に戦うだけなので、今ここで戦うのと何も変わらないんだが。


 ……いや、そんな事はないな。


 3日か。



「ねえリクト、多分私、話についていけてないんだけど、いいのかな?」


 ユミーリアが悩んでいた。


 コルットもついていけてないのか、目が点になっている。


「んーと、なんだ、みんなエリシリアの事が好きみたいでな、だからエリシリアが俺に話しかけるのが気に入らないんだってさ。だからみんなで戦って、代表の人が俺と戦うらしい」


 俺の説明を受けて、ユミーリアが考えている。


「うーん、リクトはどうするの? 勝っちゃうの?」


 そして、今度は俺が考える番になった。


 そう、俺はこの勝負、勝つべきなんだろうか?


 俺はエリシリア達ロイヤルナイツや、王国軍から見れば、部外者だ。


 そんな俺が勝ってしまっても、いいのだろうか?


「……どうしようかなって考えてる」


 俺はユミーリアにそう言って、撤収する事にした。


 もうあれだな、オーガ達はどうしてあんなにたくさん居たのかとか、挟み撃ちをオーガ達に指示したのは誰だとか、オウガやジャミリー、フィリス達はどうしたのかとか、考える事は色々あったんだが……


 まあ、すでに王国軍のみなさんは、3日後の大会の事で頭がいっぱいみたいだからな。




「すまないなリクト、まさかこんな事になるなんて」


 街に着いて解散となった時、エリシリアが話しかけてきた。


「いやまあ、なんというか、みなさん個性的デスネ」

「うっ!」


 エリシリアが顔を伏せた。


「とはいえ、無事にオーガ達を倒せてよかったよ。気になる事はあるんだが」

「気になる事?」


 俺はエリシリアに、先ほどの考え……オーガがなぜあんなに大量に居たのか、挟み撃ちの事、オウガ達の事を話した。


「なるほどな、さすがはリクトだ。あの状況でしっかりと考えていたんだな」


 いやまあ、盛り上がってたのはそっちだけだったしな。


 俺達はどちらかというと、話についていけない内に巻き込まれていたというか。


「ありがとうリクト、やはりお前についてきてもらって良かった」


 俺がついてこなければ、誰かが考えたと思うけどな。


 とはいえ、エリシリアにお礼を言われるのは、悪い気分ではない。



 こうして、エリシリア達は帰っていった。


「ねえリクト、エリシリアさんって、良い人だね」


 ユミーリアがエリシリア達を見送りながら、そう言った。


「うん、あの人、良い人だよ、おにーちゃん」


 コルットもエリシリアが気に入ったみたいだ。


 だけど、エリシリアはロイヤルナイツのリーダーだ。


 ユミーリアやコルットの様に、仲間になる事はないだろう。


「そういえばリクト、エリシリアさんへのお願いは、どうするの?」


 ユミーリアが俺の顔を覗き込んでくる。


 うん、相変わらず可愛いなユミーリアは。


「お願いかぁ……正直、何も思いつかないんだよな」


 ユミーリア達が居る以上、エッチなお願いは無しだ。ユミーリア達に嫌われたくはない。


「んーと、じゃあさ」


 ユミーリアが何か思いついた様だ。


「私達の仲間になってくださいっていうのは、どうかな?」



 ……なに?



「いや、それはマズイだろう」

「どうして?」


 どうしてって、エリシリアはロイヤルナイツのリーダーで、王国軍なわけだから。


「だって、何でもいいんでしょう? エリシリアさん優しいし、強いし、パーティの基本は4人だから、ちょうどもうひとり、仲間が欲しいなって思ってたし」


 なんと、そんな事を考えていたのか、ユミーリア。


「ヒゲゴロウさんでもいいかなって思ってたけど、アリアさんに悪いかなって思うし」


 いやいや、それは無い。ヒゲのおっさんは無い。


「そ、そうだな、二人の仲を邪魔しちゃ悪いからな、ヒゲのおっさんは無しだ、うん」

「そうなると、やっぱりエリシリアさんがいいかなーって思うの」


 なるほど。まあ、俺知り合い少ないしな。


 ライシュバルトとか問題外だし、男勇者達はすでにパーティを組んでいる。


 ……あれ? 俺マジで知り合い少なくね?


 ちょっと悲しくなってきた。


「ね! そうしようよ! エリシリアさんならきっといい仲間になってくれるよ!」


 ユミーリアが俺の手を取る。


「よし! そうと決まれば、早速3日後に向けて特訓だよ、リクト!」

「と、特訓?」


 特訓と聞いて、コルットも騒ぎ出す。


「特訓!? おにーちゃん、特訓するの? わたしもする!」


 どうやら格闘家の血が騒いだらしい。


「そうだよ! エリシリアさんを仲間にするのは、リクトが3日後に勝たないといけないんだから! 早速重力室で特訓しなきゃ!」


 そう言って、ユミーリアは俺の手を引っ張る。


「お、おいおい、待てって! っていうかどこに行く気だよ?」


「どこって、マイルーム……あ、そっか。リクト、ほら! 早く出して!」


 早く出して、に反応したら負けだと思った。


 俺はマイルームを出して、3日後に向けて、特訓する事になった。



 それから2日間、俺はラブ姉に断りを入れて、マイルームの重力室で特訓する事になった。


「ほらリクト! 頑張って!」


 俺はなんと、現在10倍の重力で修行をしている。


 正直、ほとんど動けない。


 コルットはすでに10倍の重力をモノともせず、無邪気に遊んでいる。


「ランラン丸と融合したら、ズルだって言われちゃうかもしれないから、リクトが頑張るしかないの! だから頑張って! ふぁいとだよ!」


 ユミーリアが応援してくれる。


 正直、それだけでやる気がどんどん出てくる。


 しかも、エリシリアを仲間にする為ときた。


 正直、エリシリアがその提案を受けてくれるかはわからない。


 だが……どこの誰とも知れないヤツに、エリシリアを渡したくは無い。


「うおおお! こうなったら、とことんやってやるぜー!」


 俺は気合いを入れて立ち上がる。


 それから俺は、10倍の重力の中、修行を続けた。




 そして3日後、大会の日がやってきた。


 俺達が居る宿屋に、豪華な馬車が来た。


「ほお、こいつは王国の最高級の馬車じゃねえか、コルット、良かったな」

「わーい!」


 コルットと親父さんがはしゃいでいた。


 俺も、まさかこんなに豪華な馬車が迎えに来るとは思っていなかったので、驚いた。


「どうぞ、リクト様、ユミーリア様、コルット様、お乗り下さい」


 立派なヒゲの老紳士が馬車の扉を開けてくれた。


「いいんですか? こんな豪華なものに俺達が乗っても?」

「ええ、今回の事がなくても、あなた方はこの国を救ってくれた英雄です。元々オーガの掃討が終われば、王がお会いになるおつもりでしたし」


 なんと、そんな予定になっていたのか。


 そう思うと納得がいく。いくらエリシリアでも、国の大事に俺個人に依頼してくるのは変だと思っていた。

 もしかしたら王様の意向もあったのかもしれないな。


「気をつけて行ってこいよ! あとで応援に行くからな!」


 どうやら今回の大会は大々的に周知されたらしく、誰でも観戦出来る為、親父さんも後で見に来るそうだ。


 俺達は馬車に乗って、城に向かった。


 城に着くと、大きな闘技場に案内された。


「うわー、大きいねー」


 ユミーリアが楽しそうに闘技場を見ていた。


 俺も、ゲームとは違って迫力がある闘技場に、目を奪われていた。



「よく来てくれたな、リクト」


 エリシリアがやってきた。


「すまないな、こんな事に巻き込んでしまって」

「いや、みんなが納得する為だろう? 別に気にしてないからさ」


 俺はエリシリアにそう言って、笑った。


「意外とやさしいのだな、お前は」

「意外は余計だ」


 エリシリアも笑いだした。


「ふふ、やっぱり二人は仲良しだね。リクト、絶対勝ってね!」

「おにーちゃん、ふぁいとだよ!」


 ユミーリアとコルットも笑っていた。


 確かに、この4人なら、うまくやっていける気がする。


 そうだ、せっかく特訓したんだ。無駄にはしない。


「エリシリア、俺は勝つからな!」

「ああ、楽しみにしている」


 俺はエリシリアに、勝利宣言をした。


 これでもう、負けられない。




 俺はあらためて、ランラン丸を強くにぎった。



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