第137話 邪神の真実

 未来の世界の邪神を倒し、親父達と別れた俺は、なぜかいつもの真っ白な空間に居た。


 そこにはユウの姿に大きな羽を生やした、神様が居た。


「お疲れ様でした、素晴らしき尻魔道士よ」


 どうして俺はここに居るんだ?


 ここは本来、死んだらやってくる世界だ。


 俺は親父達に別れを告げて、元の世界に戻る為に時の神殿の光に入っただけで、死ぬ要素はなかったはずだ。


「ああ、心配しないでください。別に今回は死んだわけではありません。ただまあ、私に聞きたい事があると思って、一時的に呼んだだけですよ」


 そうか、そういう事か。


「ずいぶんサービスいいじゃないか」

「たまにはサービスもいいものですよ」


 俺はホッとして、神様の前に座り込んだ。


「それで、何を話してくれるんだ?」


 神様が俺の前に机と湯飲みを出して、静かに座った。


「まず、あなたのご両親とはもう会えません。アレは一時的に繋いだだけですから、あなたのご両親はすでにあなたの事を忘れているでしょう。元の世界で、あなたの記憶を持つ者は、存在しません」


「……そっか」


 なんとなくわかっていた事だが、改めて言われると胸にささった。


「なんでそんな事をしたんだ?」

「あなたに自分自身が邪神だと、気付かせる為です」


 やっぱり、俺は邪神なのか。


「あんたが言えば良かったじゃないか」

「私の言う事なんて信じないじゃないですかやだー」


 うん、ごめん、そう言われるとそうかもしれない。


 いきなり神様にあなたは邪神ですなんて言われても、信じられなかっただろう。


「だからわざわざ親父達や未来の世界と繋げたっていうのか?」


「はい。未来とはいえ、邪神本人から言われれば信じるかと思いまして。それにまあ、今日まで頑張ってくれましたし、ご両親に会うくらいはサービスしてあげてもいいかなと思ったんですよ」


 まあ、確かに神様に言われるよりは納得できた、気がする。

 それに、親父達に会わせてくれて、ちょっぴり感謝もしている。


「さて、それでは話をしましょうか、なぜあなたをこの世界に転生させたのか、なぜあなたが……邪神なのか、という事を」


 神様が、いつの間にかいれられていたお茶を飲み始めた。



「で、どういう事なんだよ、ちゃんと説明してくれるんだよな?」


 神様がお茶を飲み干すと、ゆっくりと語り始めた。


「はい、ちゃんと話しますよ。その前にあなたは、こういったゲームの世界がどのくらい存在するか、知っていますか?」


 ゲームの世界がどのくらい存在するか、か。

 そもそも本当にゲームの世界が存在しているとは思っていなかったんだけどな。


「あなた達人間には神々も対応に苦慮しているのですよ? あなた達が作品を作れば作るほど、そしてそんな世界があると信じる者が増えれば増えるほど、世界は無限に生まれていくのです」


 神様が指を鳴らすと、何もない空間からお茶が出てきた。


「そして、このクエストオブファンタジーの世界も、そのひとつでした。あなた達の世界で知名度が高いほど、世界はより現実に近い形で作られていくのです」


 いまいちピンとこない話だったので、俺は黙って聞いていた。


「ほとんどの世界は生まれては自然に消えていくのですが、まれに強い力を持ってその存在を確立してしまう世界があります。そして厄介な事に、クエストオブファンタジーでは邪神が力を持ってしまったのです」


 神様が再びお茶を飲む。


「ほんとに困るんですよね、勝手に神をバンバン作って、そのせいで我々本物の神々がどれだけ苦労しているか、あなたにわかりますか?」


 わかるわけがない。

 と言っても仕方ないので、俺は黙って話をうながした。


「そうして増える世界を放っておくわけにはいきませんから、神々はその世界を安定させるか破壊しなければいけないんです。ですが最近では手が足りなくなって、あなた達人間を他の世界に転生させる事が増えてきたんですよ」


 えっと、ここまでの話をまとめるとだ。


 俺達人間が創作物で世界を作ったり神を作ったりしたせいで、本当にその世界が生まれたり、神様が生まれたりしてるって事か。


 で、神様達はそんな世界をなんとかしなければいけないんだけど、手が足りないから俺達人間をその世界に転生させて、手伝いをさせているわけか。


「そうすると、俺もその、このクエファンの世界を安定させる為に、神様に転生させられたって事か?」

「いいえ、違います」


 違うのかよ。


「確かに他の神は、あなた達の世界の人間を転生させて、世界を安定させたり崩壊させたりしています。まあ、自分達で生み出した世界なんだから自分達で責任をとれって話ですね」


 崩壊させたり、という言葉が気になった。


「もしかして、俺を邪神として転生させて、俺に世界を壊させる気だったのか?」

「いいえ、それも違います」


 また違うのかよ。


「あなたの今回のケースは別です。というよりですね、あなたを見つけたのは、私ではないのですよ」


 神様じゃない?


「他の神様って事か?」

「ある意味そうですね。とはいえ、邪神ですけど」


 邪神、だと?


「さて、ここからはこの世界の話です。ある日クエストオブファンタジーというゲームが作られました。このゲームは人間の間で大人気になり、いつしかこの世界が本当にあると信じる人間が多数存在する様になりました」


「そして、その人間達の願いや意志によって、この世界が生まれました。当然、この世界のラスボスである、邪神もです」


「邪神はどんどん力をつけていきました。そしてある日、なぜか別の世界のあなたを見つけたのです」


 邪神が、俺を見つけた?


「おそらくあなたの魔力の波長ととても相性が良かったのでしょう。邪神はあなたを呼び込み、取り込もうとしました。私があなたを見つけたのはその時です」


 邪神が俺を取り込もうとしていたか。


 いったい何の為だ? 俺なんかを取り込んでどうしようっていうんだ?


「私はあなたに接触しました。本当はあなたを守るつもりだったのですが、そこで、その、あなたのお尻に、惚れてしまいまして、ねえ?」


 ……え?


 ねえ? ってなんだよ、なんでそこでそうなるんだよ!


「このままあなたを守ってもいいのですが、それだとこのお尻をこの先楽しめないと考えた私は、邪神の一部を切り取って、あなたをそこに転生させる事にしたのです」


 したのです、じゃねーよ!


「結局全部お前のせいじゃないか!」


「そんな事ないですよー。あのままだと、あなたは邪神に取り込まれて消滅していたんですよ? そうしたらあなたの魔力と存在を得た邪神は力をつけて、この世界を消滅させて、他の世界にも侵略しようとしていたんですから」


 神様がニッコリと笑う。


「それならいっそ、邪神の力を切り取って、勇者を導く存在にしてしまおうと思ったわけです。まあ、色々誤算はありましたけどね」


 誤算、だと?


「なんだよ、誤算って?」


「いえね、最近わかったんですが、あなたと邪神の繋がりが思ったより強くて、あなたが死に戻りする度に、どうも私の力を横取りしていたらしく、邪神の力も強くなっちゃってたんですよねー。ほら、心当たりありません?」


 ありません? じゃねーよ!


 どうりで邪神の力が強すぎると思ったよ!


 つまりあれか? 俺がしょーもない事で死ぬ度に、邪神はどんどん強くなっていってたって事か。


 そりゃ邪神の力をもらったヤツラもとんでもなく強くなるわ。


 最初のゴブリンクイーンだけで何回死に戻りしたよ? その度に邪神は強くなってたのかよ。


「いやあ、私も邪神の力がなんか強すぎるなって思ってたんですよねー。というわけで、これ以上邪神の力が強くなるとマズイので、あなたが死に戻りできる回数はあと5回となります」


 おいおい、いきなり回数制限ができるのかよ。


「なんで5回なんだ?」


「残念ながら、これ以上あなたに力を注ぐ事はできません。これ以上邪神が強くなるといよいよ抑えきれなくなりますからね。そうなると邪神はこの世界を飛び出して、他の世界に侵略しにいってしまいます」


 そう言いながら、神様が俺の尻を見る。


「しかし、あなたのお尻には、あと5回は死に戻りできる位の私の力が余分に残っています。逆に言えばあと5回以内に邪神を倒せなければ、あなたは本当に死んで、あの世界も終わり、他の世界も大ピンチって事ですね」


 ずいぶん軽く言ってるが、それってかなりマズイんじゃないか?


「あなたは邪神になる事なく、邪神に取り込まれる事もなく、邪神を倒してあの世界を救わなければなりません。今回はそれを伝える為に呼びました」


 神様はそう言って手を叩く。


 すると俺の視界が、白く染まってきた。


「おい待った、まだ聞きたい事が!」

「頑張って下さいね。それが全部終わったら、あなたはあの世界で好きに生きていいですからねー」


 神様が笑顔で手を振っていた。



 次に意識が戻った時、俺はキョテンの街の、正門の前に居た。


「リクト」


 ユミーリアが俺を抱きしめてくる。


 最近、意識が戻るといつもユミーリアに抱きしめられている気がする。


「リクト、私達が居るからね。ひとりじゃないからね。それにきっと、お父さんとお母さんにもう一度会える様に、絶対に何か、方法を見つけてみせるから」


 そ、そうか。


 みんなにとっては親父達と別れたばかりになるのか。


 俺はあの神様との話のせいで、すっかり親父達と別れた感動がなくなっていた。


 みんな泣いているせいで、どうにも取り残された感がひどかった。


 さすがにもう気にしてないよとは言えず、俺はユミーリアに身を任せる事にした。



 その後、ユウ達とギルドの前で別れた。


 あの魔法使いまで泣いていたのはビックリした。


「まあ、何かあったら助けてあげてもいいわよ、遠慮なく言いなさい」


 まさか魔法使いからそんな事を言われるとは思っていなかった。なんだか申し訳ない気持ちになる。


「リクト、僕達はもう、家族だから!」


 ユウはそう言って、泣きながら抱きついてきた。


 なんとも恥ずかしかったが、悪い気はしなかった。


「お前達には世話になっている、俺に何か出来る事があったら言ってくれ」

「ええ、私達はもう、他人ではありませんからね」


 戦士と僧侶もそう言ってくれる。


 みんなやさしくて、俺は思わず指でほほをかいて苦笑する。


 まあ、両親と今生の別れを済ませた後だからな。みんな気にしてくれているのだろう。



 ヒゲのおっさんはこれから奥さんであるギルド長に今回の事を説明するみたいだ。


「シリト、今日はゆっくり休めよ」


 おっさんはそう言ってギルドに入っていった。


 俺達はそれを見届けて、マイホームに帰る事にした。



 マイホームに帰ってからはみんなが引っ付いてきた。


 うれしいんだけど、どうにも落ち着かない。


 そんな風に思っていると、マキが疲れているだろうから寝かせてあげようと提案してくれた。


 みんなに邪神の事を話すかどうか迷ったが、話せなかった。


 ランラン丸が俺が邪神だと知っただけであの反応だ。

 みんながどういう反応をするのか、わからなくて、怖かった。


 かといって、このまま黙っているわけにもいかない。


「俺が邪神の一部で出来ていて、あと5回しか死に戻りできなくて、どれも話すと大事になりそうだよなー」


 結局その日は、みんなに話す事ができず、眠りについた。


 疲れていたのか、俺はアッサリと意識を手放した。




「おーいシリトー、いるかー!」


 次の日、ヒゲのおっさんがマイホームにやってきた。


 俺はマキに起こされて応答した。


「朝からなんだよ?」

「バカヤロウ、もう昼だぞ、いつまで寝てやがる」


 え、マジか。


 結構ガッツリ寝てしまったみたいだ。


「それよりお前に見せたいものがある、ついてこい」


 そう言われて、俺はヒゲのおっさんについていった。


 連れてこられたのは住宅地区にある、大きな建物だった。


 こんな建物あったっけと思ったが、そもそも住宅地区に来た事自体がほとんどなかった気がする。


「ここだ、さあいくぞ」


 おっさんが扉を開けて中に入る。


 俺もあとに続いて入ると、中には大きな扉があった。


 そしてそこには、ピンク色のローブを着た男達が居た。


 なんでピンク? 趣味悪っ!


 そう思ったが、ピンク色のコートを着ている俺が言える事ではなかった。


「ほれ、俺達はこっちだ」


 おっさんは大きな扉ではなく、その横の小さな扉に入った。


 長い通路が奥まで伸びている。


 途中、壁の向こうから何やら声が聞こえてくるがよく聞き取れなかった。


「おっさん、なんなんだよここ?」

「いいから黙ってついてこい、すぐにわかる」


 通路の突き当りを曲がると、さらに扉があった。


 その扉を開いた時、俺の前には、たくさんの人々が居た。



「ランランランランシリシリシーリ」


「ランランランランシリシリシーリ」


「ランランランランシリシリシーリ」


 人々は謎の呪文を唱えていた。


 建物内は映画館の様になっており、本来スクリーンがある舞台上には、大きな二つの丸みをおびた像が置かれている。


 俺達が出てきたのは、そんな舞台上のそでだった。


 舞台の前ではピンク色のフリルがたくさんついた衣装を着た女性達が踊っている。


「ランランランランシリシリシーリ」


 可愛く呪文を唱えながら踊っているが、その光景は異常だった。

 ランラン丸はガクガクとふるえている。


「お、おっさん、これはいったい!?」


「これか? ふっふっふ、これはな……」


 おっさんがビシッと中心にある像を指差して叫ぶ。


「シリト教の集会だ!」



 それを聞いて、俺は全力で帰りたくなった。


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