第56話 ブルードラゴンの討伐

 ブルードラゴンの討伐。


 メインストーリーの必須イベントのひとつだ。


 確か、街で出会った少女のお母さんが病気で、病気を治す為には青竜の宝玉が必要なんだが、お金が無いので誰にも相手にされない所を、勇者が助ける。ってイベントだったか。


「……目的は、青竜の宝玉か? 誰か助けたい人でもいるのか?」

「さすがはリクトだね! お見通しかい!?」


 男勇者ユウが驚いていた。


 まあ、俺はゲームで何度もイベントを経験しているからな。


「そういうわけだから、リクト! ブルードラゴンを倒すのを、手伝ってくれないかい?」


 男勇者が期待のまなざしで見ていた。


 ブルードラゴンか。今の俺達なら倒すのは楽勝だと思うが、こいつはどうだろう?

 俺は男勇者を、ジッと見つめる。


 すると俺の尻が光り、ピンク色の光は、俺の前で文字となる。



《ユウ レベル25 冒険力1万9400》



 あ、ヤバイこれ。


 俺の心配していた通り、男勇者は弱かった。レベルと強さが両方とも、俺より下だった。


 ちなみに現在の俺の強さは、レベル34 冒険力:2万1000だ。レベルから考えれば、同じレベルになれば勇者の方が強くはなるんだけどな。


 うーん、よく考えてみれば、本来倒すはずの敵……ショシンリュウもオーガキングも倒してないもんな、この勇者。



 ぶっちゃけると、今回の依頼を達成するだけなら、ブルードラゴンを倒す必要は無い。


 病気なんて、ゴッドヒールで治せるからだ。


 しかし、ブルードラゴンを倒さないでおくと、また本来のストーリーと変わってしまうから、今後に影響が出るかもしれない。


 それはマズイ気もするし、何よりこの勇者、経験値が足りてない。



「あ! ねえ、よく考えてみれば、あんたの回復魔法で病気は治せないの?」


 魔法使いが気付いたみたいだ。


 さて、どうしたものか。



 ……あ、そうだ。このイベント、もうひとつ大事な事件があるんだ。

 やっぱり受けないと駄目だな。


 となると、適当な嘘をついてでも、ブルードラゴン討伐に向かわないと。


「……いや、その病気が治せるかどうかはわからない。それよりはさっさとブルードラゴンを倒しにいった方がいいだろう」


 俺の言葉に、魔法使いは若干不満な目で見てきたが、特に反論はしてこなかった。



 このイベント、ブルードラゴンだけじゃなくて、もうひとり敵が出て来るのだ。


 ユミーリアの方はもう出てきてるけど。


 ……そう、本来はこのイベントで出てくるのだ。勇者の幼馴染が。


 男勇者の場合は、男の幼馴染が。

 女勇者の場合は、女の幼馴染が。


 この女の幼馴染が、フィリスだな。

 男の方は確か、ゼノスだったか。真っ黒な鎧に身を包んで、邪神の使徒となっているはずだ。


 しかし、フィリスがあの通り、ヤンデレ化してたしな。

 男の方も、何かおかしな事になっているかもしれないと覚悟しておいた方がいいだろう。


 まあつまり、避けては通れない。避けるのはやめておいた方がいいイベントだ。


「それで、ブルードラゴンの討伐には、いつ向かうんだ?」


 エリシリアの合流は明日だ。

 できれば明日がいいんだが。


「うん、今日は準備をして、明日旅立とうと思っているんだけど、いいかな?」


 よし、それならいいだろう。

 エリシリアとの、初のクエストだ。


「わかった。それでいい。俺達も今日は準備をしよう」

「って言っても、マイルームがあるでしょ? アレがあれば楽勝でしょ!」


 魔法使いが笑顔でそう言ってくる。


「正直言いますと、それが一番助かるというかなんというか」


 僧侶が苦笑しながら会話に入ってきた。


 なるほど、そういう事か。戦力としてよりも、旅の間のマイルームってか。


「マイルームに慣れたら駄目だって言ったの、誰だっけ?」

「うっさい!」


 魔法使いがそっぽを向いた。


 俺達はひとまず解散し、それぞれ準備する事になった。



「すまんな、勝手に協力するって決めちゃって」


 俺はユミーリアとコルットに謝った。


「ううん、というか兄さんのわがままだし、私の方こそ、ごめんね」


 ユミーリアが申し訳なさそうにしている。


「いや、いいんだ。これは避けて通れないイベントだからさ」

「もしかしてリクト、また未来が?」


 俺はゲームで、この先起こる事をある程度、知っている。

 その事を、みんなには「未来が見える」と話してある。


「ああそうだ。ハッキリとはしないが……フィリスも来るかもしれない」

「うえっ! フィリスかぁ」


 ユミーリアが嫌そうな顔をした。

 どうやらユミーリアはフィリスに苦手意識を持っている様だった。


「フィリス、なんだか変になっててちょっと怖いんだよね」


「村ではあんな感じじゃなかったのか?」

「全然違うよ!」


 どうやら村に居る時はヤンデレではなかったらしい。ゲームでも、ヤンデレではなかった。


 そうすると、ゲームとの違い……モンスターを取り込んだという点、か。

 おそろしい変化だ。


「コルットは、いいか?」

「うん! わたし、がんばって戦うよ!」


 うれしそうに笑うコルット。

 完全に戦闘民族と化している。これで大丈夫なのだろうか、コルット。



 俺達は簡単に旅支度を済ませ、城に行ってエリシリアに明日の事を話した。


「ブルードラゴンか、最初のクエストとしては悪くない。人助けというのも素晴らしい! 任せておけ!」


 速攻でOKが出た。


 これで後は、明日か。



 俺達は宿に戻った。


 そして、俺は宿屋のベッドに寝転んでいた。


「リクト殿、明日の事でござるが……」

「まだ今回は、死んでないよ」


 俺は心配そうなランラン丸に答えた。


 ランラン丸にだけは、俺の死に戻りの事を話してある。


「そうでござるか」


 ランラン丸の声がなんだか沈んでいる。


「……リクト殿。リクト殿は、死ぬ事がつらくないでござるか?」


 いつもと違って、ランラン丸の声が真剣だった。


「んー、神様のおかげかな。死ぬ時、痛いとか苦しいとか、極力感じない様になっているんだ」


 これまで、死ぬ瞬間は覚えているが、それで痛いとか苦しいとか思った事は無い。


 あるのはただの、無力感だ。


「それでも、いいもんじゃないな。死んでやり直すってのは」


 それは、1日とはいえ、これまでの事がなかった事になる。


 もちろんその積み重ねで攻略するのだから、まったく無駄というわけではないが、今回のオーガ討伐の様に、エリシリアとした会話のほとんどが、俺しか覚えていないというのはちょっとさびしい。


「リクト殿……拙者は、リクト殿の剣でござる。だから拙者だけでも、リクト殿のその何かを、一緒に背負っていきたいでござる」


 俺はいつになく真剣なランラン丸に、違和感を覚えた。


「どうしたんだ、急に?」


「いやなに、たまには拙者もシリアスになるでござるよ。リクト殿が未来の事を話す時、果たしてどれほどの経験をして、死んでしまったのかと思うと、ちょっと拙者も、考えさせられたのでござるよ」


 俺はランラン丸を手に取り、手元に寄せる。


「リクト殿?」

「ありがとうな、ランラン丸。お前が俺のパートナーで良かった」


「……拙者も、リクト殿が主で良かったでござるよ。こんなに楽しい日々は想像も出来なかったでござる。リクト殿、これからも拙者には、なんでも話して欲しいでござる。拙者だけは、何があってもリクト殿の味方でござるからな」


 俺は改めて、ランラン丸に俺の事、ゲームの事、死に戻りの事を話して良かったと思う。


 ユミーリア達にはちょっと重過ぎる。


 しかし、誰にも言えないというのは、きっとつらいものだっただろう。


 ランラン丸のおかげで、俺はこうして、安らかに眠れるのかもしれない。



 その日俺は、ゆっくりと眠る事が出来た。




「やあリクト! おはよう!」


 次の日の朝、エリシリアがすでにやってきていた。早い。


「おはよう、今日は初めてのクエストだ、よろしく頼む!」


 ついに俺、ユミーリア、コルット、エリシリアの4人パーティの結成だ。


 冒険者がパーティを組む時の理想は、4人パーティとされている。


 俺達はついに、理想のパーティになったのだ。


 あの日、メインストーリーにかかわらない方がいいと考えていた時には、こうなるとは思いもしなかった。


 ひとりでコッソリと生きていくんだと思っていた。


 それが今や、俺の最高の嫁達とパーティを組む事になっている。


「あ! またリクトがニヤニヤしてる」


 ユミーリアとコルットが宿屋から出てきた。


 イカンな。最近ニヤニヤする事が増えている。少し自重しないと。


 ……無理だな。この三人が一緒に居るのを見るだけで、ついニヤケてしまう



「あ、そうだ!」


 ユミーリアが何か思いついた様だった。


「リクト、エリシリアさんに、マイルームの説明をしないと」


 そういえばそうか。オーガキング討伐の時に、ヒゲのおっさんと一度一緒に入っているが、たいした説明もしないまま、すぐに出てしまったからな。


「マイルームというのは、あの不思議な部屋か?」

「あ、エリシリアさん、入った事あるですか?」


 ユミーリアが意外そうな顔をする。


「ユミーリア、そのエリシリアさんというのはやめてくれ。エリシリアでいい。あと敬語もいらん」


 エリシリアにそう言われて、ユミーリアは笑顔になる。


「うん、わかった! よろしくね、エリシリア!」


 笑い合う二人。


 なんという光景。なんという尊さ。思わず涙が出てくる。



「よし! それじゃあマイルームを出すぞ!」


 いちいち感動していても怪しまれるだけだからな。俺はさっさとマイルームを出す事にした。


「マイルーム!」


 俺の尻がピンク色に光り、光の中から扉がニュッと出てくる。


「……相変わらずお前の魔法は、その、なんだ、変だな」


 率直に言われてしまった。


 俺達はマイルームに入る。


「……誰だ、キサマは?」


 エリシリアがランラン丸に剣を向けた。


「初めましてでござる。エリシリア殿~」


 しかし、剣を向けられたランラン丸は、まったくひるんでいない。


「何者だ?」

「リクト殿の刀。でござるよ。ね? ユミーリア殿ー」


 ランラン丸は俺ではなく、ユミーリアに話を振った。


「え? うん。エリシリアさん、この人はランラン丸。リクトの刀が、人の姿になった状態なの」

「どういう事だ?」


 ユミーリアはランラン丸が、元は人だった事、気付いたら刀になっていた事、このマイルームの中だけ、人の姿に戻れる事を説明した。


「そうか、すまなかったな……」


 エリシリアはその話を聞いて、ランラン丸に頭を下げた。


「気にしないでいいでござるよー。外では拙者の声も、リクト殿しか聞こえないでござるし、あらかじめ説明していなかったリクト殿が悪いでござる」


 なんと、俺のせいにしやがった。


「リクト! こういう事は事前にちゃんと説明しておいてくれ」


 エリシリアに怒られた。

 ちくしょう、ちょっとうれしい。


 ニヤニヤしていたら、また怒られた。無限ループにならない様に気をつけよう。



 ユミーリアとコルットの二人が、マイルームの案内をした。


 ランラン丸はユミーリアのおもらし事件とのぞき事件の前科がある為、俺と二人でソファで待機だ。


 どうやら2階には、エリシリアの部屋が出来ているようだった。


 臨時でパーティを組んだ人の部屋は出来たいみたいだが、本格的にパーティを組めば、専用の部屋が出来るらしい。


 そして、地下の重力室の案内になる。


 エリシリアは早速試してみたいと、重力10倍に挑戦していた。


「な、なるほど! これは確かにすごい。お前達の、強さの秘密がわかった気がする」


 さすがエリシリアだ。

 俺はまだ満足に動けないというのに、10倍の重力の中でも、しっかり立っている。


「このクエストが終わったら、真剣に修行したいな。楽しみだ」


 エリシリアがとても楽しそうに笑っていた。


 なんか、ウチの女性陣、みんな戦闘民族っぽいな。



 一通りマイルームの説明も終わり、俺達はギルドに向かった。


 俺は先にイノシカチョウのレア肉の納品を済ませておく。


「イノシカチョウのレア肉が出回るようになったとは聞いていたが、リクトだったのか」


 エリシリアが驚いていた。そういえば、説明してなかったな。


 俺はエリシリアに、イノシカチョウのレア肉納品の事、パーティ資金の事について説明した。


「なるほど、いい案だ。しかし家か……私に少しアテがあるんだが、うん、このクエストが終わってからにしよう」


 お、なんだか家に関して、良い情報があるとみた。


「わかった、このクエストが終わったら話してくれ」

「ああ、まずはこのクエストに集中しよう」


 俺はラブ姉からお金を受け取る。


 現在のパーティ資金は74万2320P(ピール)だ。いい感じだな。



 そうこうしていると、男勇者達が来た。


「お待たせ、リクト!」


 男勇者達がやってきた。


 そしてその瞬間、男勇者達が固まった。


「えええ!?」

「ロイヤルナイツ!? なんでここに!?」


 僧侶と魔法使いが驚いていた。


「お前ら、号外くらい読めよ。ロイヤルナイツのエリシリアが、神の尻を持つ男と愛の逃避行をしたというのは、すでに有名な話だぞ?」


 めずらしく戦士が突っ込んでいた。


「まあ、俺はあの闘技場に居たんだがな、いい試合だったぞ、リクト」


 なんと、戦士はあそこに居たのか、そりゃあ良く知ってるよな。


「なになに? 何の話よ!?」


 魔法使いが食いついてきた。


「とりあえず出発しよう。話は途中でしてくれ」


 俺はキリがないと思い、話を切り上げてクエストを受ける事にした。



「はーい、ブルードラゴン討伐ですね。正直、ギルドとしてはあまり容認したくはない依頼なんですけどね」


 俺達は再びギルドの中に入り、クエストを受ける。

 するとなぜか、ラブ姉が困った顔をした。


「本来、ブルードラゴン討伐も、青竜の宝玉も、それなりに依頼料がかかるものなんですよ。それをユウさんったら、10Pで引き受けちゃうんですから、困ったものです」


 そういえばそうだったな。

 依頼主は少女だ。お金なんか持っているはずもなく、かといって病気の母親は見捨てられない。というのが今回のイベントだ。


「……ラブ姉、実はその子、俺の遠い親戚なんだ。だから俺が依頼料を出すって事で」

「あのですね、嘘だってバレバレですし、リクトさんなら自分で討伐できるんですから、依頼なんてしなくていいじゃないですか、もう!」


 駄目でした。


「もう、リクトさんったら……大丈夫ですよ。一応うまく通る様にしておきますから」


 さすがはラブ姉だ。


「……何かあったら、積極的に手伝うんで」

「ありがとうございます、そう言って頂けるだけでうれしいですよ」


 ようやくラブ姉に笑顔が戻り、ラブルンと効果音が鳴って、しあわせの塊がゆれた。


 うん、やっぱりこれを見ないとな。


「おい」

「いたたたた!」


 エリシリアに耳を引っ張られた。


「何するんだよ!?」

「見すぎだ馬鹿者」


 エリシリアにはバレていました。



 俺達はギルドを出て、街を後にした。


 ブルードラゴンの生息地は、以前行ったフレアイーグルの生息地より、さらに北の山地だ。


 途中、モンスターと戦闘になったが、ユミーリアとエリシリアの連携により、モンスターは瞬殺だった。


 ああ、なんて素晴らしいコラボ。

 ユミーリアの剣と、エリシリアの光のムチ。


 二人が一緒に戦っている、この光景。


 なぜ俺の手元にはスマートフォンがないのか。あれはこの光景を撮りまくるのに!


 俺はしょうがなく、この光景を目に焼き付ける事にした。ああ、惜しい。そして尊い。



 そんなこんなで北の山地へ向かう俺達。目的地には1日ではたどり着けない為、途中で野宿となった。


「その為のマイルーム!」


 魔法使いが期待の目でこちらを見ていた。


 一応、臨時パーティとして組めば、中には入れる様になっている。


 以前もこうして男勇者のパーティと組んだ時、ちゃんと中に入れたしな。



 俺達は旅を続け、一晩マイルームで過ごした次の日、ブルードラゴンの生息する山地に着いた。


「いやあ、やっぱりマイルームは最高だわ。具体的に言うとイノシカチョウのレア肉は最高だわ」


 魔法使いが満足そうな顔をしていた。


「確かに、あれは一度味わったらクセになるな。あれこそまさに、至高の味だ」


 エリシリアも満足してくれたみたいだった。


 俺は山地に入る前に、今日の分のレア肉の納品を済ませておく。


 マイルームの移動機能を使えば、一度行った事がある場所には瞬時に移動できる。


 これでギルドに一度顔を出して納品し、またここに戻ってくる事ができるのだ。


「ほんと便利ね、それ。というか反則よ、反則」


 魔法使いがジト目でこちらを見ていた。


 うるさいな、数少ない神様からもらったチートなんだからいいじゃないか。


 俺のもらったチート能力は、回復魔法にマイルームと、攻撃に使えるものがない。

 その為、戦うには強くなるしかなかったのだ。


 これくらいのチートは許して欲しい。



「む? 何かくる! 全員、注意しろ!」


 エリシリアの号令で、全員が構える。さすが元ロイヤルナイツのリーダーだ、様になっている。


 しかしなんだ、何がくるんだ?


 俺は上空を見つめた。



 するとそこに、見たくないものがあった。


 スカートの中の、緑と白の縞々……



「いやーん! ユミーリアー! 久しぶりー!」

「フィリス!?」


 ユミーリアの幼馴染、ヤンデレの、フィリスだった。


「さっそくだけど!」


 フィリスが黒い羽を大きく広げる。



「死んで☆」




 フィリスの羽から、無数の角が、俺達に向かって放たれた。



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