第57話 変化する討伐対象

 ブルードラゴンを倒しに、北西の山にやってきた俺達は、今……フィリスに襲われていた。


 いきなり現れたフィリスは、俺達に向かって角を飛ばして攻撃きた。


「角? なんで角!?」


 俺達は飛ばされた角をなんとかよけて、地面にささった角を見る。


「これって、オーガの角?」


 魔法使いがつぶやいた。


 オーガの角だと? まさか、こいつ……


 俺はある予感がした。


 そしてそれを、フィリスにぶつけてみた。


「フィリス! お前、オーガを吸収したな!?」


 最初にフィリスに会った時、フィリスはオメガドラゴンを吸収した。

 フィリスはなぜか、モンスターを吸収する事が出来るようになっていたのだ。


 地面にささったオーガの角は、フィリスのツバサから飛び出してきた。隠し持っていたという量ではない。


 そうなると、おそらくオーガを吸収し、オーガの象徴である、角を生み出し、飛ばせる様になったのではないだろうか。


「……」

「……」


 ……あれ?


 フィリスは一瞬こちらを見たが、すぐにユミーリアに視線を戻して、黙ってしまった。


 なんだ? なぜ黙る?



 …あ、もしかして、そういう事か?


 こいつ、めんどくさいヤツだな。


「……ユミーリア、フィリスにオーガを吸収したのか聞いてくれ」

「え? うん、わかった」


 俺はユミーリアに、今俺が言った通りの事をフィリスに聞く様、指示を出した。


「ねえフィリス、あなたオーガを吸収したの?」


 ユミーリアの言葉を聞いたフィリスは、満足げに、ニンマリと笑った。


「そうよ! よくわかったね。あの攻撃ですぐに察するとは、さすがだわ、ユミーリア!」


 最初に言ったの俺だけどな。ユミーリアの言う事以外は基本無視とか、めんどくさいヤツだ。


「それにしても」


 フィリスが今度はこちらを見てくる。


「尻男、相変わらずアンタ、むかつくわ。なんなのアンタ? 私のユミーリアに近づかないでって、言わなかったっけ?」


 フィリスが黒いツバサを広げる。


 ツバサの内側には、たくさんのオーガの角が生えていた。


「どうユミーリア、オーガを吸収したら、こんな風になっちゃったの。すごいでしょ? 私、モンスターを吸収すると、どんどん強くなれるの。素晴らしいと思わない?」


 フィリスはうっとりした目で、ユミーリアを見ていた。


「フィリス、お願いもうやめて! どうして邪神の使徒なんかになっちゃったの? 昔みたいに仲良くしようよ!」


 ユミーリアの言葉に、フィリスが若干間をおいて、答える。


「だって、私には、これしかなかったんだもん」


 一瞬、フィリスの瞳がゆれた。


 だがすぐに目を見開き、高らかに笑った。


「アハハハ! さあユミーリア、殺しあいましょう! あなたと私、二人で!」


 再びフィリスは、ツバサからオーガの角を発射する。


「ぐおおお!?」


 俺達はそれを必死によける。


 いや、正確には俺とエリシリアは、だ。


 ユミーリアとコルットはホイホイよけている。あの二人、最近は30倍の重力で修行しているからな。これくらいは軽いだろう。


 男勇者達は後ろに下がっているから射程圏外だ。


 つまり、危ないのは俺とエリシリアだった。


「さすがねユミーリア。速い速い。じゃあ、先にお邪魔虫を殺しましょうか」


 フィリスが俺を、殺気をこめた目で見る。


「数だけじゃなくて、こういう事もできるんだから!」


 オーガの角が、大きくするどく変化していく。


「死になさい! 尻男!」


 大きくなったオーガの角が、俺に向かって放たれる。


 先ほどよりも速い!


「くっ!」


 俺はなんとかかわすが、すでに次の一撃が用意されていた。


「アハハハ! これで終わり!」


 オーガの角が俺にせまる。


「リクト!」


 ユミーリアの声が聞こえた。



 俺はまた、こんな所で、死……



「ぐはっ!」



 その時、俺の目の前に、誰かが立った。


「大丈夫かい? リクト」



 それは、大きくなったオーガの角に貫かれた、男勇者だった。



「お前、なんで」

「無事で良かった……ぐはっ!」


 男勇者は口から血を吐いた。


「馬鹿野郎! なにやってるんだよ!?」


 俺は倒れる男勇者をささえる。


「はあ、はあ、ふ、フィリスが迷惑をかけた……あの娘は僕の幼馴染でね。どうしてあんな事になっているのか……」


 そうか、あんな風になったフィリスを見るのは初めてだったか。


「だからって、どうして俺をかばったんだ!?」

「どうしてだろうね? 身体が勝手に動いた、かな?」


 おいおい、それはヒロインに対していうセリフだろう!


「馬鹿野郎が! お前が死んでどうするんだよ! お前は、死んじゃダメなんだよ!」

「リクト、どうして……僕をそこまで?」


 どうしても何も、お前は勇者だろうが!


 お前がいなくなったら、ストーリーがどうなるかわからないんだよ!


「お前が必要なんだ」

「え?」


 俺は尻を光らせ、回復魔法を発動する。


「お前に何かあったら嫌なんだよ! 俺にはお前が、必要なんだ!」

「リク……ト……?」


「ゴッドヒール!」


 俺の回復魔法が発動し、ピンク色の光が、男勇者を包み込む。


「これは、あの時、街を救った光……あたたかい、とてもあたたかいよリクト」


 俺の腕の中で、男勇者の傷が癒えていく。


「ユウ、下がっていろ、お前は俺が守る」

「リクト……」


 キュンっという音がした気がした。


 何の音かわからなかったが、今はどうでもいい。


 俺は男勇者を魔法使いに任せて、再びフィリスの元に向かう。



「ねえマホ」

「なによユウ?」


「僕は今まで、勇者だから、みんなを守らなきゃって思ってたんだ」

「……ええ、そうね。知ってるわ」


「だから、守るって言われたのは、初めてかも」

「え?」



 フィリスとユミーリアの戦いが始まっていた。


 ユミーリアはフィリスの放つオーガの角をよけながら、フィリスに攻撃していた。


「くうっ! なんて速さなの!?」


 ユミーリアはフィリスを圧倒していた。


 重力修行で鍛えたユミーリアにとって、もはやフィリスは敵ではなかった。


「どうして、どうしてなの? どうしてこんなに強いのよ!?」


 フィリスの顔にあせりが生まれている。



「ゴアアアアアアア!!」



 その時、上空から大きな咆哮が聞こえた。


「なっ! こんな時に出てくるのかよ!?」


 俺は空に浮かぶ、大きな影を見た。


 青い大きな身体とツバサ。


 この山の主……ブルードラゴンだ。


「ふむ、どうするリクト? あの女はユミーリアに任せて、私達でこいつを倒すか?」


 戦況を見て、エリシリアは言った。


 確かに、今のフィリスなら、ユミーリアだけでも十分だろう。


 そして、フィリスよりブルードラゴンの方が格下だ。


 いきなりで驚いたが、今の俺達なら、ブルードラゴン程度なら勝てない相手ではない。


「よし、エリシリア! 俺達はブルードラゴンを倒す、コルットはユミーリアを援護してくれ!」

「ああ!」

「うん、わかった!」


 フィリスのあの攻撃を楽にかわせるのは、ユミーリアとコルットだけだ。


 ならばあちらを二人に任せて、俺達はブルードラゴンを倒す。



「気に入らないわね。気に入らないわ……気に入らないのよ! この尻男!」


 フィリスが突然叫びだした。


「なんでアンタまで、強くなってるのよ! なんでアンタは弱いくせに、弱かったくせに! ユミーリアと一緒にいるのよ! 気に入らないのよ、アンタは!」


 フィリスから、オウガやジャミリーに似た、黒い闘気があふれ出す。


「そこのお前もよ、出てくるならもっと強いのが出てきなさいよ! お前じゃそこの尻男とムチ女に勝てないじゃないの!」


 今度はブルードラゴンに文句を言い出した。


 ブルードラゴンがどこまで理解したのかはわからないが、ブルードラゴンは咆哮をあげながら、フィリスに襲い掛かった。


「ゴアアアア!」

「弱いくせに吼えないでよ!」


 フィリスがブルードラゴンを迎え撃つ為、ツバサを広げる。



 しかし、ふと何か思いついた様に、その手を止めた。


「……そうだ、そうよ! それがいいわ! 喜びなさい! お前を改造してあげる!」


 フィリスは襲い掛かるブルードラゴンに対して、何か黒いモノが入ったビンを取り出した。


 そしてそれを、ブルードラゴンの口に向かって投げた。


「ゴアッ!?」


 ブルードラゴンはそのビンを飲み込み……苦しみだした。


「ゴアアアア!?」


 ブルードラゴンの身体から、黒い霧があふれ出す。


 するとだんだん、ブルードラゴンの身体が溶けていった。


「な、なんだ?」

「アハハハハ! いいわ、いいわよお前! さあ、邪神様の力に、その身をささげなさい!」


 ブルードラゴンの身体はどんどん溶けていき、溶けた身体は再度身体にまとわりついていく。


 そうして何度か身体の崩壊と再生を繰り返すと、次第に安定し始めた。


 しかしその姿は、すでにブルードラゴンではなかった。


 青かったうろこはドロドロに溶けて、黒く変色している。


「完成。今日からお前はブルードラゴンじゃない、アンデッドドラゴンよ!」


「ゴアアアアアアア!!」


 ブルードラゴン、いや、アンデッドドラゴンが大きく吼えた。


 おそらく、あのビンに邪神の力である何かが入っていたのだろう。


 こうやって、モンスターを改造していたのか、こいつらは。


 俺がそんな風に考えていると、アンデッドドラゴンは俺に向かって炎を吐いた。


「うわっ!?」


 俺はなんとか転がって、炎をよける。


「大丈夫か!? リクト」

「ああ!」


 エリシリアがこちらを心配してくれる。


 とはいえ、これはマズイ。


 アンデッドドラゴンといえば、オメガドラゴンと同じく、終盤に出てくるモンスターだ。


 ユミーリアやコルットならともかく、俺では荷が重い。


「リクト!」

「おにーちゃん!」


 二人が俺の元に駆けつけようとする。


「ダーメ! いかせないよユミーリア!」


 二人の行く手をさえぎる様に、フィリスがツバサを広げ、オーガの角を放つ。


「くっ!」

「邪魔しないでください!」


 二人はオーガの角をさけつつ、フィリスを攻撃するが、フィリスも必死に二人の攻撃をよける。


 おそらく、時間を稼いでアンデッドドラゴンに、俺を殺させるつもりなのだろう。



 だが、それにはひとつ、大きな誤算があった。


「エリシリア」

「うむ」


 俺達の新しい仲間、エリシリアだ。


「フィリス、失敗だったな」


 俺はフィリスに、話しかける。


「はあ? っていうか私に話しかけないでくれる?」


 フィリスは心底嫌そうな顔で、俺を見た。


 俺はそれに対して、笑いかける。


「ブルードラゴンをアンデッドドラゴンにしたのは、失敗だったな!」

「何よそれ、どういう意味?」


 そう、モンスターを変化、改造するというのは悪い手ではなかった。


 だが……アンデッドにしたのは間違いだったのだ。


「エリシリア、やっちまえ!」

「ああ、任せろ!」


 エリシリアが光のムチを構える。


「はあっ!」


 エリシリアは光のムチで、アンデッドドラゴンを攻撃した。



 するとその攻撃を受けて、アンデッドドラゴンの身体の半分が、消滅した。



「はあっ!?」


 フィリスがその光景を見て、驚愕する。


「残念だったな! エリシリアのムチは、ライトニングセイバーウィップ、アンデッド系モンスターには最大の効果を発揮するのさ!」


 アンデッドドラゴンは一撃で瀕死の状態となった。


 すでに身体半分は消滅しており、満足に動けなくなっている。


「リクト、お前よく知っていたな?」

「ああ、エリシリアの事ならよーく知っているさ」


 なぜかエリシリアの顔が赤くなってた。


 ともあれ、これでまた、敵はフィリスひとりになった。



「もうやめよう、フィリス。私達が争う必要なんてないんだよ」


 ユミーリアがフィリスに語りかける。


 だが、フィリスはそれを受け入れなかった。


「うるさい! まだ終わってない! 私は……私はユミーリアを倒すの! 倒して、殺して、私のモノにするの!」


 フィリスは大きく飛翔し、瀕死のアンデッドドラゴンに近づいた。


「なに!?」

「あっ! まさか!」


 フィリスの行動に驚く俺とユミーリア。


「止めろ! フィリスのやつ、アンデッドドラゴンを吸収するつもりだ!」


 俺の言葉にユミーリアとコルット、エリシリアが駆け出す。



「させないよ」



 だが、その侵攻は阻まれた。


 突然、俺達の前に、黒い力が空から降ってくる。


「な、なんだ!?」


 俺達の目の前に、ひとりの戦士が立ちはだかった。


 真っ黒な鎧に身を包んだ戦士だった。



 おいおい、まさかこいつは……


 俺はその戦士に、心当たりがあった。


 本来このイベントで出てくる、正規の敵。


「久しぶりだね、ユミーリア、それに……ユウ」


「え?」

「え?」


 ユミーリアと男勇者が間の抜けた声を出した。


「妹の邪魔はさせないよ、ユミーリア」


「妹? ……まさか、あなたは!?」


 そう、本来このブルードラゴンの討伐で出てくるはずの敵。


 男勇者の幼馴染であり、フィリスの兄。


「ゼノス」


 俺は男の名をつぶやいた。


「ん? 君とは初対面のはずだけど……まあいいか。君もそこで大人しくしていてくれたまえ、尻男君」


 黒い戦士、ゼノスは全身黒い鎧におおわれている。その顔も、兜で隠されて見えない。


 だが、どうやら男勇者の幼馴染、ゼノスで間違いないみたいだった。


「ゼノス? ……えっ! ゼノスさんなの!?」

「ゼノスだって!?」


 ユミーリアと男勇者が驚いていた。


「そうさ。とは言え、あんまりゆっくり話すつもりはないけどね」


 ゼノスは大きな黒い剣を構えて、俺達に向かい合う。



「お前が何者かは知らんが、このまま好きにはさせん!」


 エリシリアがゼノスの隙を見て、フィリスを止めようとする。


 だが、そこにもうひとり、敵が現れる。


「ダメよエリシリアさん、彼女の邪魔をしないでちょうだい」

「なにっ!?」


 エリシリアはとっさに光のムチを相手に放つ。


 だが、敵は闇のムチで、光のムチを防いだ。


「なんだとっ!?」


 相手は、黒いボンデージ姿に身を包んだ大人の女性だった。


「初めまして、ロイヤルナイツのエリシリアさん」


 女性がそう言うと、後ろからさらに三人の、同じ様な格好をした女性が現れた。



 エリシリア達ロイヤルナイツが居た時点で、いつかは現れるだろうと思っていた。


 ロイヤルナイツの敵、ダークレディーズ。


 彼女達4人は、サンダーの紋章5に出てくる敵だ。



「アハハハ! いい! いいわこれ! 最高よ!」


 その後ろでは、フィリスがアンデッドドラゴンを吸収していた。



 フィリス、ゼノス、そしてダークレディーズ。



 新たな敵が、俺達の前に、立ちはだかっていた。



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