第50話 神の尻の光による解決

 Cランクになった俺達を襲った、オーガ軍団の侵攻。


 しかし、オーガ軍団は実はおとりであり、敵の本来の目的は、この街を燃やす事だった。


 どうやら以前から街全体に、街を燃やす為の魔法陣を張り巡らせていたらしい。


 俺達は街の中に居た邪神の使徒を倒して、なんとか街の崩壊を防ぐ事ができた。



「あんたには、女房を助けてもらったばかりか、俺まで救ってもらって……いくら感謝してもしたりねえよ」


 コルットの親父さんとお母さんが話しかけてきた。


「本当にありがとうございます。あなたが居なければ、今頃この人は……」


 コルットの親父さん、リュウガは、敵であるオウガの宿命のライバルだ。


 その二人の、本来ゲームではなかった戦いが、ここで行われた。


 親父さんは負けてしまったけど、俺の回復魔法でなんとか助かった。


「……リクト、だったか」


 親父さんが、俺の名前を呼んだ。


「助けてもらってこんな事を言うのもなんだが、頼みがある。あいつを……オウガを倒してほしいんだ。あいつは完全に、邪神に……戦いに飲み込まれている。きっとそこから救い出せるのは、老いた俺じゃない、若い力なんだ」


 親父さんは空を見上げた。


 きっと、空に去っていったオウガを見ているのだろう。


 若い力、か。前世での俺は30歳だったんだけどな。


 しかし、親父さんの言う事に、俺は思い当たる事がある。


 ゲーム本編で、ラスボスであるオウガを倒す時、オウガは苦しんで最後にソフィアの名をつぶやいて死んでいく。


 だが、リュウガの子供であるコルットで倒した時のみ、オウガは笑って死ぬんだ。


 きっと、その事に、親父さんが言う何かがあるのだろう。



 オウガは、俺とコルットで倒さなければならない。そんな気がした。


 俺も親父さんと一緒に、空を見上げた。



「おお! 神よ! やはり私の目に狂いはなかった! これこそまさに、神の尻!」


 いつからそこに居たのか、ライシュバルトが叫んでいた。


「あの奇跡の光! ピンク色の聖なる光はまさに神! 人々の傷を癒す伝説の光!」


 ライシュバルトは大げさな身振り手振りで叫んでいる。


「人々よ見るがいい! あれこそが神の尻を持つ男! シリトなり!」

「だから俺の名前はリクトだって言ってんだろ!!」


 ヒゲのおっさんといい、こいつといい、人の名前を勝手に尻にするんじゃない!


「リクト、なんだあの男は?」


 エリシリアがライシュバルトをにらんでいた。


「元邪神の使徒で、Aランク冒険者のライシュバルトだ」

「邪神の使徒だと!?」


 それを聞いたエリシリアは、ライシュバルトに駆け寄った。


「キサマ! 今回の計画について、どこまで知っている!? 答えろ!」


 エリシリアはライシュバルトの胸倉を掴んだ。


「な、なんだね君は!? 計画? 何の事だ?」


 ライシュバルトは突然の事に焦っていた。


「キサマが元邪神の使徒だという事はリクトから聞いた! 今回のこの計画、キサマはどこまで知っていた?」


 エリシリアがライシュバルトをキツく締め上げる。


「いや、私は邪神の使徒とは言っても、常に前線に送られる末端だったんで、自分がかかわる計画しか知らされていなかった。私が今こうして生きていられるのも、情報をまったく与えられていなかったからだと思うしな」


 なんとも役に立たない話だった。


「くっ! まあいい。それで生きていられるというのであれば、しょうがない」


 エリシリアがライシュバルトをはなした。


「お前はもう、邪神の使徒とはかかわりは無いのだな?」


「それはもう! 神の尻を知った私にとっては、邪神などもはや、ただのいち宗教の象徴でしかない! 本当の神はあの尻です! あれこそまさに、神の奇跡なのです!」


 ライシュバルトは俺の尻を指差した。


 エリシリアがつられて俺の尻を見て……急に顔を赤くして目をそらした。



 ちなみに、今回邪神の使徒からは情報がほとんど得られなかった。


 宿屋エリアに居た邪神の使徒は俺がすぐに殺してしまったし、他のエリアに居た邪神の使徒も、戦って負けた瞬間、自ら命を絶ったそうだ。


 事件は未然に防いだが、まったく情報が得られなかった。その為、ライシュバルトが邪神の使徒だと知ったエリシリアはこれほど食いついたらしい。



「リクトー!」

「おにーちゃん!」


 なんだかとてもなつかしい声が聞こえてきた。


 ユミーリアとコルットだ。


 二人が全速力で、こちらに走ってくる。


「リクト!」

「おにーちゃん!」


 二人がそのまま勢いよく抱きついてきた。


「ぐはっ!」


 俺は二人の勢いに押されて、そのまま倒れた。


「いてて」


「ご、ごめんリクト」

「おにーちゃん、大丈夫?」


 二人の勢いはうれしいが、危なかった。打ち所が悪ければ、またあのクソ神様の元に行く事になる所だった。


「あれ? おとーさん、おかーさん?」


 コルットが親父さんとお母さんに気付いた。


「おうコルット、元気か?」

「うん! 元気だよ!」


 コルットが親父さん達の所に駆けていく。


「そうだユミーリア、そっちはもう大丈夫なのか?」


 ユミーリアとコルットが居た、南と西には、オーガ軍団やフィリスやジャミリーが攻めて来ていたはずだ。


 それにしては、ここに来るのが早い気がする。


「あ! うん、なんかね、オーガ達が来るのを待っていたら、街の方でリクトのピンク色の光が見えて、そしたら突然、オーガ達が帰っていったの」


 ……なんだと?


「じゃあ、オーガとは戦ってないのか? フィリスやジャミリーは?」


 俺の言葉を聞いて、ユミーリアは首をかしげる。


「オーガ達はすぐに帰って行ったし、フィリスやジャミリーは見てないよ。それで解散になったから、急いでここに来たの」


 どういう事だ?


 俺は状況を整理する。



 ……そうか、そういう事か。


 今回、俺達は早く動いた。

 いつもなら街の出入り口に移動した後、オーガ達が攻めてくるのを待つ時間があった。


 おそらくその時間、敵の作戦開始前に、俺はオウガと出会った。


 本来はオウガは街を見てまわった後、オーガ軍団とフィリス、ジャミリーに指示を出していたのだろう。


 それが作戦開始前に、俺とリュウガに出会って、肝心の街の魔法陣が消されてしまった。


 だから、作戦は中止になったんだ。



 俺はその事を、おっさんとエリシリアに伝えた。


「というわけで、多分今回はこれで終わりだ。もう大丈夫だと思う」


「なるほどな。俺の所にも、オーガ達が撤退したと情報はきている」

「ああ、リクトの考えで、間違いないだろう」


 二人が納得してくれた。



 俺達はギルドに戻って、ギルドの前で待機する事になった。


「リクト、なんだかお疲れだね」


 ユミーリアが俺を気にかけてくれる。


 確かに、なんだか気が抜けて、疲れが一気にきたかもしれない。


 オーガ軍団の侵攻が始まってから、何度も死んで、ようやく今、終わりをむかえたからな。


「はは、色々あってさ、さすがに今回は疲れたよ」


 俺は同じく心配そうに俺を見ていたコルットの頭を撫でる。


 コルットか。


 いつかオウガと、戦わなければいけないのだろう。


 この小さな身体で、コルットはオウガに勝てるんだろうか。


 もしもの時は、俺がやるしかない。


 俺が小さな決意をしていると、ギルドの中からギルド長達が出てきた。


「みんな! 今回はご苦労だった! おかげで街は救われた! 国からも感謝が来ている! 報酬は期待してくれていいぞ!」


 おおー! と周囲が盛り上がった。


「そして、今回最も事件解決に貢献したのが、そこにいるCランク冒険者、リクトだ!」



「リクト?」

「誰だっけ?」

「あれだよ! 尻の人だよ!」

「え? 尻の人って、シリトじゃないのか?」

「なんだシリトの事か」

「シリトってなんでリクトって呼ばれてるんだ?」

「やるじゃんシリト!」



 まわりがワンテンポ遅れて、俺を見た。


 ちょっと待て、チラっと聞こえてきたが、なんで俺の名前をみんな知らないんだよ!?


 俺はギルド長の横に居るヒゲのおっさんをにらんだ。


 おっさんは親指を立てて笑っていた。コノヤロウ。


「皆も見ただろう! 街を包んだあのピンク色の光を! あれはそこのリクトの尻から放たれた光だ! あの光が霊聖樹(れいせいじゅ)と共鳴し、オーガ達を退けたのだ!」

「まさに神の尻! さすがは神の尻を持つ男、シリト様!」


 ……ん?


 どういう事だ? なんの話をしているんだ?


 ギルド長と、ライシュバルトが叫んで盛り上がっているが、何か話がおかしい。


「しかし! その光が発動するまでの間、街を守ってくれたのは諸君だ! この戦い、誰が欠けても勝利は無かった! 誇るが良い! そして感謝する! 我がギルドの精鋭たちよ! そしてあらためて、リクトの尻の光に感謝を!」


 オオー! と周囲が盛り上がった。


 なんだかよくわからんが、全部俺の尻のおかげ、という事になった。


 みんなが俺の尻に、注目していた。



 後はそのまま、今回の報酬を受け取って解散、となった。


「ねえリクト」


 ユミーリアが話しかけてきた。


「私がリクトから聞いた話と、違うんだけど」


 そりゃそうだ。ユミーリアとコルットには、今回の事件のあらましを話してある。


 今回の事件は、邪神の使徒がオーガ軍団を街へ差し向け、それをおとりにしている間に、街に張り巡らせた魔法陣を起動して、街を焼く事だった。


 しかしその司令塔と思われるオウガを先に倒し、魔法陣を起動しようとしていた邪神の使徒を倒したから、計画は失敗に終わり、オーガ軍団は撤退した。というものだった。


 それがなぜか、俺の尻の光が霊聖樹に干渉して、オーガ達を退けた、なんて事になっていた。


「リクト」


 考え込んでいた俺に話しかけてきたのは、エリシリアだった。


「エリシリア、まだここに居ていいのか?」


 エリシリアは俺達冒険者とは違い、国の部隊、ロイヤルナイツだ。


「一応、ギルド側の解散までは見届けようと思ってな」


 ちょうどいい。俺はエリシリアにさっきの事を聞いてみる事にした。


「なあエリシリア、さっきの話、なんであんな話になったか、知ってるか?」


 エリシリアは俺を見て、驚いた。


「なんだ、お前は知らされていなかったのか?」


 どうやら、エリシリアは何か知っているようだった。


「邪神の使徒の事は、あまり広げるべきではないというのが、ギルド側と国側の総意だ。ゆえに今回は、お前のその……尻の光によって解決した、という事にする事になったのだ」


 エリシリアは尻の部分で少し照れていた。


 ちょっと可愛い。


「お前には、ヒゲゴロウ殿が話をすると聞いていたが」


 あのおっさんめ。ちゃんと説明しろよ。


「とにかく、今回の事件はこれで終わりだ。だが、本当に解決したわけではない。オーガ軍団はそのまま残っているし、Sランクの強さを持った敵も、残っているのだろう?」


 そうだ、今回は街が燃やされるのを防いだだけで、敵の戦力はまったく減っていない。


「とはいえ、今日の所はゆっくり休んでくれ。ありがとうリクト。お前が居てくれて、本当に良かった」


 そう言って、エリシリアは去っていった。



 エリシリアの背中を見ていると、俺とは違う世界で生きているのだと実感がわいてきて、なんだか少し、さびしかった。


「リクト」


 ユミーリアが俺の手を取った。


「おにーちゃん」


 コルットも、俺の服を掴んでいる。


「はは、大丈夫。ありがとう二人とも。ユミーリアもコルットも、お疲れ様。俺の無茶なお願いを聞いてもらって、悪かったな」


 二人には急遽、東口から西と南に移ってもらった。


 俺は死んで繰り返しているから慣れているが、突然言われた二人は色々と大変だっただろう。


「今日はゆっくり休もう。というか、明日もゆっくり休もう。Cランクにもなったし、ちょっとのんびりしたいな」


 俺のその言葉に、二人が笑った。


 きっと、エリシリアと会う事は、もう無いだろう。


 もしあるとすれば、ストーリー終盤の、また街全体に危機が訪れた時、かな。


 いずれにしても、エリシリアと仲間になる事は、深くかかわる事は無いだろう。


 だけど、俺にはユミーリアとコルットが居る。


 それでいいじゃないか。エリシリアの実物を見れただけで、良かったんだ。



 俺達は今回の報酬をもらって、ヒゲのおっさんに文句を言った。


 邪神の使徒の事については、可能な限り秘密にする様にギルド長から言われた。


 なら先に説明しろと文句を言ったら、その通りだなとギルド長はおっさんを殴った。


「本当にお手柄でしたよリクトさん。今日はゆっくり休んで下さいね」


 ラブ姉の笑顔とゆれるご褒美に癒された。


 ちなみに報酬は20万P(ピール)だった。


 これでパーティ資金は64万2320P。家を買う為の目標の100万Pに一歩近づいたな。



 俺達は宿屋に戻った。


 その日はパーティだった。


 親父さんが大怪我をして、俺に回復してもらった事は説明された。そのお礼のパーティだった。


 だが、なぜ怪我をしたか、真実は語られなかった。


 今はまだ、コルットに話すべきではないという事だろう。


「おにーちゃん、おとーさんを助けてくれてありがとう! 大好き!」


 コルットの笑顔を見ていると、確かに知らない方がいいんじゃないかと思えた。


 やっぱりオウガは、俺が倒すしかない。


 俺の静かな決意を察したのか、親父さんが静かに頭を下げていた。


「だが! それとこれとは別だ! コルットは嫁にはやらんぞ!」


 親父さんが突然叫びだし、奥さんに殴られて沈黙した。



 その後、部屋でひとりきりになり、俺はベッドに身をゆだねた。


「お疲れ様でござるよリクト殿。それで、今回は何回くらい死んだのでござるか?」


 ランラン丸にだけは、死に戻りの事は話してある。


 今回の事も、おそらく俺が何度も死んでたどりついたのだと察したのだろう。


「何回死んだかな……結構大変だったよ。東口に居たらオウガとジャミリーとフィリスがやってきて、倒したと思ったら後ろで街が燃えて……西と南が攻め落とされたのかと思って西に行ったらまた街が燃えて、南に行っても街が燃えて、ようやく街の中に敵が居ると知ったら、今度は敵の数が多くて間に合わなくて……」


 俺は今回の事件を振り返る。


「うわぁ、確かに何も知らなければ、そうなるでござるな。ほんと、リクト殿が居なかったら、今頃街は終わっていたのでござるな」


 まったくだ。


 いや、俺というイレギュラーが居るから、本来のストーリーからズレているのかもしれない。


 だけど俺はもう、この世界の住人だ。


 俺はこの世界で、平和に、幸せに生きていきたい。


 だから絶対に、あきらめない。何度やり直したって、必ずハッピーエンドにたどりついてやる!


 俺はそう決意して、目を閉じる。


 さすがに今日は疲れた。眠い。



 明日は何をしようか。


 これからどうストーリーを攻略していこうか。


 そんな事をぼんやりと考えながら、俺は眠りについた。




 エリシリアと会う事はもうほとんど無い。


 そう思っていた時期が、俺にもありました。


「リクト、おはよう」


 次の日の朝、なぜかエリシリアが、宿屋まで来ていた。


「ど、どうしたんだよエリシリア?」


 俺は突然の訪問に驚いていた。


「うむ、オーガの軍勢を追っていた者から連絡があってな。やつらの居場所がわかったのでこれから攻め込む事になった。そこで、お前の力を貸してほしいんだ」


 えーっと、これはつまり?


「私からの個人的な依頼だが、受けてくれるか?」


 


 どうやら、エリシリアとの縁は、まだ切れていない様だった。



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