第49話 リュウガとオウガ

 ゲーム、ストレートファイター。


 そのゲームのキャラクターである、リュウガとオウガ。

 

 二人はライバルでありながら、それぞれ別の道を歩んだ。


 その二人が今、俺の前で、相対していた。



「久しぶりだな、オウガ。相変わらず、邪神なんてものにハマってるのか?」

「フン、キサマこそ、老いたな。宿屋経営などして、平和に浸りきっている様だな、リュウガ」


 二人は一定の距離を保って、語り合う。


「オウガ、それが邪神の力か? それがお前の求めたものなのか?」

「黙れ! キサマの様な戦いから逃げ出した男に、どうこう言われる筋合いは無い!」


 オウガが、今までに見た事の無い、怒りの表情を見せる。


「オウガ、逃げているのはお前だ。人間はいつか必ず老いて、衰える。お前はその事に目を背けて、逃げているだけだ」


「それが許されるのは、戦いに身をおかない者だけだ! 戦いは常に、俺を追いかけてくる! 老いなど、衰えなど、許されるわけがない!」


 叫ぶオウガに、リュウガが静かに語りかける。


「お前はもう、拳をおろすべきなんだ。戦いが追いかけてくるなんてのは幻想だ。お前は現実から、逃げているだけだ」


「知った口を叩くな! 俺は逃げているのではない! 俺は常に追い求めている、力を! 誰にも負けない力を!」


 オウガが地面を殴り、土煙があがる。


「オウガ、俺達の時代は終わったんだ。もう俺達が戦う必要は無い」

「終わってなどいない! 終わらせるものか! 終わりだというなら、なぜソフィアは死ななければならなかった!」


 オウガの赤い目から、血の涙があふれる。


「オウガ……お前まだ、ソフィアの事を……」

「まだ? まだだと!? 終わってなどいない! 俺も、ソフィアも! 何も終わってなどいない!」


「……オウガ、お前は間違っている。ソフィアの事を想うなら、お前は」


「黙れ! 俺は戦う! そして全てを倒し、この世界を破壊する! この世界を、ソフィアのいない、ソフィアを殺したこの世界を!」


 オウガから再び、黒い闘気があふれ出す。


「今のお前を見て、ソフィアがよろこぶと思うのか!?」


「もちろんだ! ソフィアはよろこんでくれる! ソフィアは俺のものだ! ソフィアだけは、俺を理解してくれる!」


 その言葉を聞いて、リュウガからも、青い闘気があふれ出した。


「馬鹿野郎が! ソフィアがよろこぶわけないだろうが!」


「キサマに何がわかる! あの時、俺と同じ様に間に合わなかったキサマに、何がわかるというのだ!?」


 青と黒の闘気、ふたつの闘気が、ぶつかり合う。


「ソフィアが死んだのは、お前のせいじゃない!」


「違う! ソフィアが死んだのは、世界の、そして俺のせいだ! ソフィアは死ぬべきではなかった! なのに死んだのはなぜだ!? それは世界の……そして俺のせいだ!」


 オウガの赤い目から、赤い涙がどんどんあふれてくる。


 リュウガはそれを、じっと見つめていた。


「何が世界の平和だ! 何が世界の安定だ! そんなものの為に、なぜソフィアが死ななければならないんだ!? 世界の為にソフィアは死んだ! ならば俺は! そんな世界を破壊する! ソフィアを殺した世界を破壊するんだ!」


「違う! ソフィアは世界の為に死んだ! だから俺達は、その世界を、ソフィアが守りたかった世界を守るべきなんだ! ソフィアが守ったこの世界で、人間として、生きていくべきなんだ!」


 二人の意見の違い。


 俺は二人の話を、黙って聞いていた。


 俺はこの話を知っている。


 ストレートファイターは格闘ゲームだ。初代はそもそもストーリーなんてものは無く、ただキャラクターが戦うだけのゲームだった。


 しかし、2になって、ストーリーができた。


 初代に居たキャラクターのひとり、ソフィア。巫女さんで不思議な力を使って戦う女性キャラクターだ。


 オウガは彼女に憧れているという設定だった。


 しかし、巫女だったソフィアは、世界の安定の為に、平和の為に、いけにえとして死んでしまった。


 それに絶望したオウガが、邪神に取り込まれ、世界を破壊するラスボスとなった為、各地の格闘家達がオウガを倒す為、戦う。というのが、2のストーリーだ。


 なぜソフィアがいけにえになったのか、なぜ世界の安定が必要だったのか、細かい事はストーリーとして書かれていなかった。

 そこは格闘ゲームだからな。


 だが、前作のキャラクターであるソフィアが死んだというのは、確かに当時、ファンの間で衝撃が走ったのも確かだ。


 リュウガとオウガは、ソフィアを助けようとしたが、間に合わなかった。


 世界は平和になった。


 リュウガは己の無力を知り、拳をおろして、家族を持った。


 オウガは己の無力を知り、邪神にその身をささげ、力を得た。


 そんな二人の、本来ゲームでは相対する事がなかった二人の会話。


 俺はそれを、黙って聞いていた。口をはさむ事など、できなかった。



「オウガ! 戦いをやめろ! お前はもう、戦うべきではないんだ!」

「黙れ! 俺は戦う! そして世界を破壊する!」


 オウガは、ついにリュウガに向かって駆け出し、その拳を放った。


 リュウガはその拳を受ける。


「ふははは! いいぞリュウガ! 老いて、衰えてもまだ、この俺の拳を受けるか!」


「ぐうっ! なんて馬鹿力だ! この大馬鹿野郎が!」


 リュウガは大きく飛び上がり、距離を取った。


「おいあんた! さっきから何ボーっと見てやがる! 早くさっきのヤツを追え!」


 俺はリュウガに言われてハッとする。


 そうだ、俺は今、邪神の使徒を追っていたんだった。


「くっ! ゴッドヒール!」


 俺は回復魔法を唱えて、殴られた腹を回復する。


 立ち上がった俺を見て、リュウガが笑った。


「相変わらず、変な魔法だな。尻が光るなんてよ……だが、それに俺は、俺の女房は助けられた。あんたは俺の恩人だ。ここは俺に任せて、さっさと行け!」


 リュウガがオウガに向かって構える。


「そうだ、コルットはどうした?」


 リュウガがオウガに向き合ったまま、こちらに問いかけてきた。


「西口に居る。ここよりは平和だ」


 俺はそれに対して、簡潔に答えた。


「そうか、ならいい……コルットの事、任せたからな」


 そう言って、リュウガはオウガに向かって駆け出した。


 俺はそれを見て、宿屋の裏に向かう。



 今のリュウガが、オウガに勝てるとは思えない。


 だから早く邪神の使徒を倒して、加勢する。それが一番いいはずだ。


 俺は宿屋の裏で邪神の使徒を見つけて、すぐさま斬りかかった。


「ひ、ヒイッ!?」


 俺は邪神の使徒を斬り裂いた。


 邪神の使徒の覆面の色は青。大した事はなかった。


 そして地面に書かれた文字を見つける。


 あの時、地面に浮かび上がった文字に似ていた。


「ランラン丸、これ、どうしたらいいと思う?」

「いやあ、拙者に聞かれても……」


 とりあえず俺は、足で地面に書かれた文字を消した。


 邪神の使徒は倒したし、これで大丈夫なはずだ。本格的な対処は、後で専門家に任せた方がいいだろう。


 俺は再び、表に戻った。



 そして、そこで見たものは……


「親父さん!」


 リュウガが地面に倒れていた。


 俺はリュウガ……親父さんに駆け寄り、抱きかかえる。


 見ると、腹に大きな穴があいていた。


「俺の勝ちだ、リュウガよ。できれば最盛期のお前を倒したかった……」


 オウガが静かに立っていた。


「ふむ、同胞は殺されたか」


 オウガが宿屋の裏の方に、目を向ける。


「ああ、あいつは殺した。他の場所の邪神の使徒も、俺の仲間が向かっているから、今頃倒されているはずだ。これでお前達の計画は終わりだ!」


 俺は親父さんを抱きながら、オウガをにらみつけた。


「そうか、やはりキサマが……キサマはなんだ? なぜキサマから、邪神と似た力を感じる?」


 邪神と似た力? 何を言っているんだこいつは?


「お、オウガ……ごはっ!」


 親父さんが血を吐いた。


「親父さん!?」

「無駄だ、その傷ではもはや助かるまい……だが、俺も今はこれ以上は戦えん。さすがはリュウガだ」


 よく見れば、オウガも血を流していた。


「作戦は俺達の負けだが、リュウガ、キサマとの勝負は、生き残った俺の勝ちだ。やすらかに眠れ、リュウガよ」


 親父さんから血がどんどん流れていく。


「ちくしょう、情けねえ……俺はここで死ぬのか。すまねえ、リン、コルット」


 リン、というのはコルットのお母さんの名前だろう。


 この怪我では助からない。なにせ腹に大きな穴があいているんだ。親父さんは死んでしまうだろう。


「そんな事、させない」


 俺は小さくつぶやいた。


「無駄だ、今さら何をしようとその傷では助からん。奇跡でも起きん限りな」


 オウガが俺のつぶやきを聞いていた。


 奇跡……奇跡か。


「だったら、俺が奇跡になってやる!」


 俺は尻に、最大限の力をこめる。


 すると俺の尻が、輝き始めた。


「キサマ、何をする気だ!?」


 オウガが突然光りだした俺の尻に、目を細めた。


「ここまできて、リュウガを、コルットの親父さんを死なせてたまるか! 俺はこの世界で、ハッピーエンドをむかえるんだ! 奇跡が必要なら、俺が奇跡になってやる!」


 俺は尻に力をこめ、精一杯叫ぶ。



「うおおお! ゴッドヒール!!」



 俺の尻が激しく輝きだす。


 その光は、ピンク色のコートを通して、ピンク色の光となる。


 そのピンクの光は、街中へと広がっていった。


「な、なんだ!? なんだこの光は!?」


 オウガが腕で顔をおおい、距離を取る。


 光は、俺の腕の中の、親父さんの腹にあいた穴をふさいでいく。


「こりゃあ、気持ちいいや……あんたの魔法、尻が光って変な魔法だと思ってたけど、こうして見れば、綺麗だな」


 俺と親父さんの周囲を、そして街中を、ピンク色の光が包み込んでいた。


「なんてやさしい光だ……」


 やがて光はおさまり、親父さんの怪我はすっかり治っていた。


「おお! こいつはスゲーや! はは、完全に死んだと思ったぜ」


 親父さんが元気に立ち上がった。



「くだらん」


 俺と親父さんは、オウガの声に反応し、オウガの方に振り向いた。


「実にくだらん。おろかな力だ。近くに居たこの俺の傷まで回復するとはな」


 見ると確かに、オウガの傷もふさがっていた。


 しまった。つい力を入れすぎたか?


「……だが、敵に回復されて戦いを続けるなど、俺のプライドが許さん」


 オウガはそのまま、俺達に背を向けた。


「今回は俺達の負けだ……尻が光る男よ、キサマの名は?」


「……リクトだ」


 オウガが俺の名前を聞いて、ニヤリと笑った。


「リクトか……忘れんぞ、キサマのその名前」


 オウガは大きく飛び上がり、上空に待機していたモンスターに乗った。


「オウガ! お前を倒すのは俺じゃない! ここに居る、若い力だ! 若い連中が、必ずお前を倒す!」


 親父さんが空に居るオウガに向かって叫んだ。


 オウガはそれに対して、何も返さず、そのまま去っていった。



「あなた!」


 宿屋の中から、コルットのお母さんが出てきた。


「おう、よく我慢してくれたな。リン」


 親父さんが駆け寄ってきた奥さんを抱きしめ、頭を撫でる。


「何度も、何度も出て行こうと思いました! あなたが倒れた時も! でも……でも!」

「わかってる、俺が頼んだからな、俺が死んでも、絶対出てくるなって。コルットをひとりにだけはしないでくれって」


 親父さんと奥さんが抱きしめあう。


「すまなかったな、リン」

「ううん、生きててくれてよかった、リュウガ」


 二人がお互いの無事を確かめ、涙を流す。


 俺もつられて、目に涙がたまってきた。


「ここには拙者しかいないし、泣いてもいいでござるよ、リクト殿」

「ば、馬鹿野郎! 泣いてねーし! グスッ」



「家族か……いいものだな」



 後ろから声が聞こえた。


「なんだ、お前も泣いているのか?」


 そこに居たのは、エリシリアだった。


 しまった、エリシリアに見られてしまった。


「グスッ、ていうかいつの間に?」

「お前があの男性を、魔法で治した所から、だな」


 マジか。全然気付かなかった。


「グスッ! 泣いてないからな、俺は」


「何を隠す必要がある? お前は良い事をした。そして家族が無事を確かめ合い、泣いてよろこぶのを見て、涙した。私はそんなお前を、とても好ましく思うぞ」


 俺はエリシリアに、面と向かってハッキリと恥ずかしい事を言われて、顔が熱くなる。



「おお! そっちもなんとかなったみたいだな」


 ヒゲのおっさんがやってきた。


「こっちも邪神の使徒ってやつを倒して、魔法陣を消してきたぞ。念の為、住民街の方にも魔法に詳しいやつを向かわせた」


 おお、さすがおっさん。優秀だな。


「ここの魔法陣も、なんとかなるか?」


「ああ、心配するな、今詳しいやつが見てる」


 俺が気付かない間に、宿屋の裏で調査が始まっていたらしい。


「街の外に居たオーガ達もほとんど倒して、残ったやつは逃げていったそうだ。ま、これで一安心って事だな」


 そうか、街の外も無事だったか。


 俺がホッとしていると、エリシリアが俺の手を取った。


「リクト、全てお前のおかげだ。お前が街の中に敵が居ると気付き、これを防いだ。私も少しは魔法に詳しいから調べてみたが、あれは発動すれば、この国全てが燃えていただろう。お前はこの国を救ったのだ」


 エリシリアがそう言って、笑った。


「ありがとうリクト。お前を信じてよかった」


 日が差して、エリシリアの銀髪を照らしていた。


 それはとても綺麗だったが、エリシリアの笑顔は、もっと綺麗で、可愛かった。




 こうして、オーガ軍団との戦いは、幕を閉じた。


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