第2話 それは、運命の出会い
ゲームの世界に飛ばされた俺、「天崎 陸斗(アマサキ リクト)」。
俺は今、霊聖樹(れいせいじゅ)の前で……
女勇者に押し倒されていた。
むろん事故だ。女勇者が何かにつまづいて倒れてきたのだ。
だが俺はその拍子に、倒れてきた彼女の、たわわに実った大きな果実を揉んでしまった。
これは殺されるなと思ったが、そんな俺に放たれた言葉は、俺の想像とは違っていた。
「せ……責任、とってくだしゃい」
《責任をとりますか? はい・いいえ》
俺の頭の中に、選択肢があらわれた気がした。
俺はもちろん、「はい」を選……
って待て。待て待て俺!
責任ってなんだ? 責任をとるってなんだよ!?
大体、この世界での俺は住所不確定、無職なんだぞ? そんな俺にどんな責任がとれるって言うんだ!?
というか、なぜ男勇者が居るのに女勇者の彼女が存在しているんだ?
クエファンは、ゲームの最初で勇者を男にするか女にするかを選べる。
どちらかを選んだ場合、選ばれなかった方は存在しないはずなんだ。
なのになぜ、この世界では男勇者と女勇者が同時に存在しているんだ?
もしかして、俺のせいか?
本来存在しない俺がこうして存在しているせい、なのか?
俺は彼女を見る……可愛い。
じゃない! 駄目だ駄目だ! いくらゲームの中のキャラと恋に落ちるにしても、勇者はマズイ。
ここで本来存在しない俺と、同じく存在しないはずの女勇者が仲良くなるなんて事になれば、何が起きるかわからないぞ?
まだきたばかりの世界でそれはマズイ。
ストーリーを把握しているというせっかくのアドバンテージがなくなってしまう。
というか、ヘタに関係ない俺が大きくかかわると、世界が救われなくなってしまうかもしれない。
そうなってしまっては、この世界を楽しむ事が出来なくなってしまう。
あくまで勇者に関しては、見守るくらいの立ち位置でいたい。
だから勇者である彼女に、何の責任かはわからないが、ここで「はい」と答えるわけにはいかないんだ。
となれば……逃げるしかない。
だがどうやって? 仮にも彼女は勇者だ。逃げようと思って逃げられるはずがない。
そもそも俺は今、彼女に押し倒されている。
どうしたもんか。
「あの……?」
女勇者の瞳が、うるうるしながらこちらを見つめてくる。
ああ、可愛い。超絶可愛い。
この子が勇者じゃなくて、ストーリーに関係ない子だったらなぁ……
その時、ひとつの作戦がひらめいた。これだ、これしかない!
「ああ、その、なんだ……ひとつ、お願いがあるんだ」
「な、なんでしょう?」
俺は女勇者に語りかけた。
それにしても、ほんと可愛い声だなちくしょう。
「ひとまず、俺の上からどいてもらえるかな?」
俺の言葉に、彼女の顔がさらに真っ赤になる。
「ご、ごめんなひゃい! すぐにどきましゅ!」
さっきからカミカミだ。いちいち可愛い。最初のりりしい姿はどこにいったのか。
彼女は素早く俺の上からどいてくれた。
「ありがとう、後は座って……目を閉じてくれないか?」
彼女は俺の言葉を黙って聞いて、大人しく座ってくれる。
そして……目を閉じる。
……よし。
俺はなるべく音を立てない様に気をつけて、その場から逃げ出した。
危ない所だった。もう少しで俺は、彼女に責任をとると言ってしまう所だった。
それほど現実で見る彼女は可愛かった。この世界、最高すぎるだろう。
俺は彼女が追ってこない事を確認して、あらためて、彼女の事を考える。
女勇者。
クエストオブファンタジー、通称クエファンの1度目のリメイクの時に、追加されたキャラクターだ。
初代は男勇者しか選べなかったが、リメイク版は女勇者を主人公として選べる様になったのだ。
当初、雑誌でそのビジュアルが公開された時は、世間はおおいに盛り上がった。
ゲーム内では女勇者は主人公なのでほとんどセリフはなく、性格はあいまいに設定されていたが、それでも多くのクエファンユーザーを虜にした。
俺も、雑誌や攻略本に掲載された彼女の姿を、何度も見た。俺も彼女に魅了されたひとりだった。
特に目を引くのは、3つのテール、トリプルテールである。ゲームではドットにもかかわらず、ピコピコゆれる3つのテールが可愛かった。ドット職人の魂を感じた瞬間だった。
俺はポニーテールもツインテールも好きだが、その2つが味わえるトリプルテールという髪型はもっと好きだった。
ちなみに、男勇者と違い、女勇者にはデフォルトネームがあった。「ユミーリア」だ。俺は彼女を主人公としてプレイする時は、いつもデフォルトネームにしていた。
そんな彼女だが、当然、男勇者を選択すれば、選ばれなかった彼女は存在しない事になる。
だが実際には、この世界では男勇者と女勇者の二人が存在している。
これは、どういう事なんだろう?
勇者が二人?
早くも俺の知らない要素が出てきた。
しかもさっきの霊聖樹の反応……
なぜ俺がさわったら光ったんだ? もしかして、すでに2週目? いや、2週目でも光ったりはしなかったはずだ。
クエファンには、2回目のリメイクの際、強くてニューゲームという機能が追加された。
一度ゲームをクリアすると選べるそれは、ゲームクリア時の強さを引き継いで最初からプレイが出来る機能だ。
この強くてニューゲームの状態で最初から始めると、霊聖樹を調べればいつでもラスボスと戦える様になるのだ。
だがその時に、霊聖樹が光るなんて描写はなかった気がする。いったい何だったんだ?
「……とにかく、うかつに霊聖樹に近づくのはやめた方がいいな」
俺は霊聖樹が光っただけで、ラスボスとの戦いに突入しなかった事に今さらながらホッとした。我ながら危ない事をしたものだ。
せっかくストーリーがわかってるんだ、なるべくラスボスがいる霊聖樹には近づかない様にしよう。
「それにしても……」
今度は、俺自身について考える。
あの神様は、何が目的で俺をこの世界に飛ばしたのだろう?
尻の話ばかりで全然理解できなかったからなあ。
勇者の手助けをすればいいのか、勇者は放っておいて好きにしていいのか、それすらわからない。
そういえばチート能力をもらったはずだが、どんなチートをもらったんだ? 確認方法がさっぱりわからない。
あと現状で確認できる事は、このカバンか……何が入っているんだ?
俺はカバンの中身をあさった。
出てきたのは飲み薬、この世界の回復アイテムである、「かいふくーん」だ。それがひとつと、お金か……50P(ピール)って、少なすぎだろう。
……いや、そういえば、ゲームでも初期所持金は、50Pだっけ。
こんな所までゲームにあわせなくてもいいのに。これでは数回宿屋に泊まっただけですぐに底をついてしまう。
だが、住所不定、無職の俺に、金を稼ぐ手段は無い。
あるとすればそれは、冒険者になる事だ。
冒険者か。まさにゲームの華だな。
勇者とエンカウントするかもしれないが、ゲームの世界を体験するなら、ここはゆずれない。
もしかしたら俺も、第三の勇者になるかもしれないしな。
何度もゲームをプレイして、この街の地図が頭に入っている俺は、迷う事無くギルドにたどり着いた。
俺はギルドのドアを開けて中に入った。
屈強な面持ちの冒険者達が、入り口に立つ俺を見る。
ああ、なんかいいな、こういうの。ゾクゾクする。スッゲエ楽しい。
俺は顔がニヤけるのを我慢して、ギルドのカウンターに向かう。
まずはギルドに冒険者として登録しなくてはならない。
ギルドのカウンターに居る職員を見る……ゲームではなじみのある顔だ。
この職員は、名前は「ラブルン」、通称ラブ姉ねえ。ゲームに登場する人物だ。
ギルドのみんなのアイドルで、栗色の髪をおさげにした、爆乳の年上のお姉さんだ。
彼女の胸がゆれる時、ラブルンという効果音が鳴っているというのはファンの間では共通認識だった。無論、非公式ではあるが。
ちなみに、この世界にくる前の、若返る前の俺の方がラブ姉より年上なのは気にしてはいけない。年上キャラはいつまで経っても年上キャラなのだ。
俺はそんなラブ姉を見る。
実際に見ると、本当に美人さんだった。
だが、彼女もメインストーリーに登場する、重要なキャラなのだ。
彼女のストーリーをヘタに変えてしまうのは、やめた方がいいだろう。
いずれ仲良くなりたいが、今は我慢だ。
俺は他の職員を探すが、彼女以外の職員がいない。どうなってるんだこのギルドは?
あまりここで突っ立っていて目立つのも良くないと思った俺は、ラブ姉に話しかける事にした。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが」
ラブ姉は俺を見て、ニッコリ笑って対応してくれた。
「はい、わかりました。それではこちらの水晶に手を置いてください。あなたのステータスカードが発行され、適正職業と冒険力がわかりますからね」
そう言ってラブ姉は俺の前、カウンターの上に水晶玉を置く。
ゲームではこれに手を置くと、名前の入力画面になり、適正職業が、選ばれし勇者だと判明するのだ。
この世界では、水晶に手を置くとステータスカードというのが発行されるらしい。おそらくそこに名前が出てくるのだろう。もしくは自分で入力するのか?
考えても仕方ない。俺は水晶に手を置いた。
……水晶があわく光る。
そして俺の目の前に、車の免許証くらいの大きさのカードが現れた。
そこには、俺の名前、「天崎アマサキ 陸斗リクト」という名前と、HP、MP、冒険力が書かれていた。
冒険力というのは、この世界でいう強さの指標だ。数値が高ければ強いという単純なステータスだな。
「はい、終わりです。えっと、アマサキリクト、さんですか?」
ああそうか、日本人である俺の名前は、ファンタジーであるこのゲームの世界ではややこしいのかもしれない。
「リクトでいいです」
「わかりました、リクトさんですね、HPは15、MPは20、冒険力は……33?」
「え?」
俺は自分のステータスカードを見た。
確かに、今言われた数値が書いてある。
ちょっと待て、いくらなんでも低すぎる!
確か勇者の初期値は、冒険力は334だったはずだ。10分の1って、そりゃないだろ!
「えっと、これはその、冒険者としては厳しい数値ですね」
ラブ姉が苦笑いしている。そりゃそうだ。あまりにも数値が低すぎる。
「と、とにかく、あきらめるのは早いです。適正職業によっては、まだ希望があるかもしれません」
そうだ、適正職業だ。
適正職業は、神様から与えられるギフトの様なもの。ここで決まった職業によって、魔法を覚えたり強さに補正がかかったりするのだ。という設定だった。ゲームでは。
俺はどんな職業が与えられるんだろう? さすがに勇者はないかな?
魔法使いとかいいな、魔法……使ってみたいし。
……だが待てよ、このゲームの世界の神様って、あの俺の尻を撫でまくった神様なのか?
だとすると、嫌な予感がするが。
「えっと、適正職業は……素晴らしき、し……」
ラブ姉が俺の適正職業を読み上げようとした時、突然、ギルドの入り口のドアが大きな音と共に開かれた。
「た、助けて! かくまってくれ!」
男勇者だった。なぜか非常にあせっている。
「待ちなさい! 兄さん!」
そんな男勇者を追って来たのは、聞き覚えのあるエンジェルボイスを持つ、女勇者だった。
俺はすぐさま、カウンターの影に隠れた。
「ど、どうしたんですか?」
ラブ姉がこちらを心配してくる。
「おかまいなく」
俺はカウンターの影に隠れて、一連の騒動を見守る事にした。
「な、なんでお前がここにいるんだよ!?」
「それはこっちのセリフよ兄さん! 急に村を出て行って、心配したんだから!」
騒動の中心は、男勇者と女勇者……ユミーリアだった。
ってちょっと待て、今ユミーリアは何て言った? 兄さん? 二人は兄妹なのか!?
「お前にも言っただろう? 僕は神託が下ったから、街に行って勇者になって、世界を救うんだって!」
「だからって、その後、黙って出て行く事ないじゃない!」
ふむふむ、神託が下って村から出てきて勇者になる。ゲームのストーリー通りだな。
「お前こそ、なんでここにいるんだよ!」
「私にも、兄さんと同じ様に神託が下ったからよ!」
「ええ!?」
どうやらユミーリアにも神託が下ったらしい。男勇者と女勇者のストーリーが同時進行しているのか?
それって……色々、まずいんじゃないか? 重要な事件にかかわる1匹しかいないボスモンスターとか、どうするんだよ?
「とにかく、私も兄さんと同じく、勇者になる為にここに来たのよ!」
「そ、そんな馬鹿な……」
男勇者がうなだれる。
「い、いや! まだだ! 適正職業で勇者と出ない内は、僕はまだ認めないぞ!」
「いいわ、すぐに試してあげるから、そこで待っててよね!」
ユミーリアがこちらに近づいてくる。
そして俺が先程使用した、カウンターにある水晶を見つめた。
「これ、使ってもいいかしら?」
「え? ええっと、その……」
ラブ姉がこちらをチラ見してくる。
俺は黙って何度かうなずいた。
「ど、どうぞ」
「ありがとう」
ユミーリアが水晶に手を置いた。
すると水晶が光り、ステータスカードがあわられる。
「えっと、ユミーリアさん、HP120、MP82、冒険力……408!? すごいです!」
ラブ姉がステータスを読み上げて驚いている。
もちろん俺も驚いていた。冒険力、男勇者より上じゃないか。
「そ、そんな馬鹿な……」
男勇者がさらにうなだれる。
「それで、適正職業は?」
ユミーリアがラブ姉に問いかけた。
「はい、えっと……まあ! すごい、勇者です! 勇者ですよユミーリアさん!」
オオーとまわりから歓声があがる。
「兄妹そろって勇者かよ!?」
「スゲーなオイ!」
「俺を仲間にしてくれないかな?」
「何言ってるんだ、彼女を守るのは俺だ!」
まわりから様々な声があがっていた。
中心にいるユミーリアは、男勇者にどうだと言わんばかりにふんぞり返っていた。
だが、俺の位置からは見えていた。
水晶に手を置く時、不安そうに震えていたのも。
勇者とわかった時、心の底からホッとして、うれしそうな顔をしていたのも。
やっぱり、ユミーリアは可愛かった。
そんな風に見ていると、ユミーリアと目があった。あってしまった。
「あ、ああああああああ!!!」
ユミーリアが突然叫び声をあげた。
「ど、どうしたんだ、ユミーリア?」
男勇者が突然声をあげた妹に驚いていた。
「あああああ、あなた! 見つけた! 見つけたあああ!!」
ユミーリアが俺を指差す。
ラブ姉が俺を見てくる。
俺はラブ姉に、目線で逃げたいとうったえるが、ラブ姉は静かに首を振った。
俺は渋々、カウンターから姿をあらわした。
「やっぱり! 夢じゃなかった!」
そのまま夢だと思っていてほしかったよ、俺は。
「ユミーリア、彼は……誰なんだ?」
男勇者が俺を見つめてくる。あきらかにあやしまれていた。
「えっと、その……私の、運命の人、です」
突然やってきた女の子。
勇者と認められた女の子。
強く、りりしい女の子。
そんな彼女が、突然顔を真っ赤にして放ったその言葉に、その場に居た誰もが絶句していた。
そしてその場に居た全員が、俺を見つめていた。
目立っていた。
多分、二人の勇者よりも。
どうするんだよ、こんなのゲームのストーリーになかった展開だぞ?
俺は無表情で、ユミーリアのゆれるトリプルテールを見つめていた。
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