第3話 職業、尻魔道士!?
ギルドは静まり返っていた。
原因は俺、「天崎 陸斗(アマサキ リクト)」と、女勇者のユミーリアである。
勇者として認定されたユミーリアが、俺を見つけるなり、運命の人だとか言い出したのだ。
おかげでギルドに居る連中みんなが俺を見ている。
俺は、どうしていいかわからなかった。
そんな困った俺の態度を察したのか、ユミーリアのゆるみきっていた真っ赤な顔が、急に引き締まった。
「ごめんなさい兄さん。なんでもないの、気にしないで」
急に先程までの、りりしいユミーリアに戻っていた。
「いや、なんでもないって、なんでもないわけ無いだろう? 今そこの彼を、運命の人だって」
「気にしないで兄さん。彼は関係ないわ。私の勘違いよ」
「いやいや! お前勘違いって……それはないだろう?」
必死に取り繕うユミーリアに対し、兄である男勇者は容赦しなかった。
「とにかく! この人は関係ありません! この人に迷惑をかけないでください!」
……ああ、そういう事か。なんで急に態度を変えたのかと思ったら、ユミーリアは……俺に迷惑がかかると思って、急に態度を変えたんだ。
頭の切り替えが早い子だ。自分が急に叫んでしまった事で、俺に迷惑がかかると思ったんだろう。
だから、今さらだけど、関係ないと主張しているんだ。ほんと、今さらだけど。
「……まあ、お前がそこまで言うなら、いいけどさ」
ユミーリアのゆずる気が無い態度に、男勇者が折れた。
だが、相変わらず男勇者の視線は俺の方に向いている。
「あのー、ところで、どうします? リクトさん、まだ適正職業をちゃんと見ていませんよね?」
ラブ姉が俺に話しかけてきた。
ナイスだラブ姉! この空気、変えるなら今しかない!
「そ、そうだった! 俺ってば、適正職業をまだ見てないんだった! いやごめんごめん、そういうわけだから、後はそっちで勝手にやってねー」
我ながら白々しいセリフだった。
だが俺はみんなに背を向けて、カウンターの上にある水晶に向き合った。
「そっか、リクトさんっていうんだ……」
ユミーリアが何かつぶやいているが、今は気にしないでおこう。
えっと、なんだっけ? どうすればいいんだっけ……
「もう一度、水晶に手を置いてもらえますか? 先ほどは途中でやめてしまったので、まだステータスカードに職業が反映されていなかったみたいですし」
確かに、ステータスカードを見てもどこにも職業が書いてない。
「今はユミーリアさんの情報になってますが、もう一度手を置いて頂ければ、リクトさんの情報に更新されますから」
ラブ姉にそう言われて、俺はもう一度、水晶に手を置いた。
再び水晶があわく光った。
そして、水晶に俺の適正職業が浮かび上がる。
「えっと……え? な、なんですかこれ!?」
ラブ姉が驚いている。
俺は水晶を見つめた。
そこには、日本語ではないが自動通訳されているのか、俺にも読める字で、こう書いてあった。
《素晴らしき尻魔道士》
「なんじゃこりゃあああああああああああ!?」
あのクソ神! やりやがった! っていうかやっぱりこの世界の神様ってあいつだったのか!?
何が素晴らしきだ! 何が尻魔道士だ! わけがわからんわ!
「す、素晴らしき尻魔道士……」
ラブ姉が読み上げる。
やめて! 声に出さないで!
「え? しり?」
ユミーリアまで!? 駄目だ! 女の子が尻魔道士なんて言っちゃ駄目だ!
「お、お尻……」
ユミーリアが水晶に浮かんだ文字を確認して、顔を真っ赤にして俺の尻を見てくる。
「オイオイ、なんだよ尻魔道士って?」
「尻って、あの尻か? ケツの事か?」
「魔道士ってなんだ? 魔法を使うのか?」
「確かに、あいつ……良い尻をしている」
「魔法使いと何が違うんだよ?」
まわりが騒がしくなる。っていうかオイ、なんかひとりおかしいやつがいないか?
それはともかくだ!
この世界にある職業は、基本的に勇者、戦士、魔法使い、僧侶、商人、盗賊といったものが主流だ。
だというのに、魔道士ってなんだよ、ゲーム違うだろオイ!
しかも尻って……せめて白魔道士じゃないのかよ!?
「り、リクトさん、魔道士という名前からすると、おそらくステータスカードに、使える魔法が記載されているはずです。確認してみてもらえますか?」
「え? 魔法?」
俺はラブ姉に言われて、ステータスカードを見る。
しかし、情報は名前、HP、MP、冒険力と先程と変わらない。素晴らしき尻魔道士という不名誉な職業名が追加されただけだ。
「あ、裏側です。スキルや魔法は裏側に記載されるんです」
ラブ姉の言葉通り、俺はステータスカードの裏側を見る。
そこには、『ゴッドヒール』という記載があった。
「ゴッド、ヒール、ですか?」
ラブ姉が指をアゴに当てて考えている。
ゴッドヒールなんて魔法、俺も聞いた事がないぞ?
いったいどんな魔法なんだと文字を見つめていると、空中に説明文が浮かび上がってきた。
「おお、文字が」
「え? 文字、ですか?」
ラブ姉には文字が見えていないらしい。どうやらこの文字は俺にしか見えないみたいだ。
さて、何が書かれているんだ?
《ゴッドヒール:どんな怪我も状態異常も病気も全て治し、HPを完全回復する。消費MP:1》
ああそうか、これがチートか。ようやく確認できたな。
しかしこれは……ちょっと強力すぎるな。ここまでの回復魔法はゲームにはなかった。
気軽に使って目立つと色々面倒な事が起こりそうだ。
でもまあ、自分の健康を考えれば、ありがたい魔法かな? そうだな、出来るだけこの魔法は自分にだけ使う様にしよう。
「お、ヒールって事は回復魔法か? 丁度良い、俺さっきそこでぶつけて怪我してな、ものは試しだ、いっちょ使ってみてくれよ」
ヒゲマッチョのおっさんが話しかけてきた。見ると腕に小さな傷がある。
いや、俺今、自分以外には使わないでおこうって決めたばっかりなんだが?
「それはいいですね。リクトさん、どんな魔法かわからない以上、使ってみるにこした事はありません。さいわい、ヒゲゴロウさんが協力してくれるみたいですし」
ラブ姉がうれしそうに俺に提案してくる。
ヒゲゴロウって、このヒゲのおっさん、そんな名前なのか?
「どんな職業かも、どんな魔法かもわからないよりは、ひとつでもわかった方が良いと思うんです。だからリクトさん、ここはヒゲゴロウさんに甘えて、魔法を使ってみましょう」
……ラブ姉がそう言うなら、仕方ないか。
「わかったよ。でも、変な効果が出ても、うらまないでくれよ?」
「わかってるよ、その代わり、治療費はタダって事にしてくれ」
そう言ってニッカリ笑うヒゲゴロウ。結構いいやつなのかもしれない。
俺はあきらめて、ゴッドヒールを使う事にする。
手のひらに魔力を集中する……つもりで目を閉じる。
魔法なんて使った事がないんだ。適当にやってみるしかない。
そう思っていたら、手のひらに何か力を感じた。
目を開けてみると……俺の手のひらが緑色に光っていた。
いけそうだった。俺は初めての、魔法を唱えた。
「ゴッドヒール!」
俺の手が強く輝き、おっさんの腕の傷があっという間に消えていった。
やがて傷が完全に消えると、光は消えていった。
「ほう、こいつはスゴイ! しかもなんだか身体が軽くなった気がするぜ!」
ヒゲゴロウがよろこんでいる。
そりゃあそうだろう、怪我を完全に治して、HPも完全回復したはずだしな。
さて、まわりの反応はと見渡してみると……なぜか全員、こっちを見て黙っていた。
マズイ。やっぱりやりすぎたのか?
普通の回復魔法と全然違ったとか?
俺が焦っているのを見たラブ姉が、みんなが黙って見ている理由を教えてくれた。
「えっと、その……リクトさん……あなたがお尻の魔道士だというのが、良くわかりました」
「は?」
何を言っているんだラブ姉は?
お尻の魔道士だというのがわかった? どういう事だ?
「えっと、ごめん、どういう意味か教えて欲しいんだけど」
俺はラブ姉にたずねた。正直、聞いてはいけないような気がしたが仕方がない。
「リクトさん、魔法を使う時、その……お尻が激しく輝いていました」
……は?
「手のひらも輝いていましたが、お尻の輝きはそれ以上で……私、ビックリしました」
オイチョットマテヨ。なんだその、尻が輝いたって……
俺はもう一度、手のひらに魔力を集中させる。
手のひらの輝きを確認して、俺は……自分の尻を見た。
メッチャ光ってた。
なんだよこれ! なんで魔法を使うと尻が光るんだよ!?
アレか?
ただし魔法で尻が光るってか? やかましいわ!!
あのクソ神がああああああ!! 何よけいな機能つけてるんだよおおおおお!!
「なるほど」
「あれが尻魔道士か」
「いったいどういう尻なんだ?」
「ふむ、良い尻だ」
「あれって回復魔法だったのか? 尻に気をとられてわからなかったよ」
「ああ、ほんと、ビックリするくらい尻しか頭に残ってねえよ!」
まわりが騒がしい。
それも、回復魔法についてはほとんど触れられず、尻の事ばっかりだ。
「あのー、リクトさん。とりあえず、回復魔法が使えるっていうのはわかりましたし、良かったんじゃないでしょうか?」
ラブ姉が慰める様に声をかけてくれるが、ただむなしいだけだった。
「こんないちいち尻が光る魔法、使えるわけないでしょうがあああ!!」
「そ、そうですか?」
「こんなんフィールドやダンジョンで使ったら、光に誘われてモンスターが集まってくるわ!」
「ああー」
ラブ姉も俺の言いたい事がわかったみたいだ。
そう、モンスターがいるフィールドやダンジョンでこんな激しく尻が光る魔法を使ったら、モンスターが集まってきてしまうだろう。
つまりだ、これ、街の中でくらいしか使えないんだわ。
「えっと、リクトさん! 私、そのお尻、すっごくステキだと思うよ!」
ユミーリアの全然フォローになってない言葉で、俺の心は完全に折れた。
「だからその、私とパーティを組ん……」
「ちくしょおおおおお!!」
俺はギルドから逃げ出した。
「え? ちょ、ちょっと待って!」
「待つのはお前だ、ユミーリア」
「兄さん?」
ユミーリアの前に、男勇者が立ちはだかった。
「お前には色々と話があるからな」
「どいてよ兄さん! 待ってリクトさん……リクトさーーーん!!」
誰かの呼ぶ声が聞こえたが、俺は一秒でも早くあの場から逃げ出したかった。
そうしてギルドから逃げ出した俺は、途方にくれていた。
どこをどう走ったのか、わからなかった。
気がつけばすっかり、夕暮れ時になっていた。
せめて戦士が良かったとかいうレベルじゃない。
なんだよ、素晴らしき尻魔道士って。この職業でどうしろっていうんだよ? 大体なんだよ、魔法を使うと尻が光るって……あれか、神様が尻を撫でたから尻に魔力が宿ったとかそういう事か?
これからどうしようと空を見上げていると、足に何かがぶつかった。
「きゃっ!」
昼間に出会ったケモ耳幼女だった。
「ご、ごめん、大丈夫?」
「ううん、だいじょうぶ……あ、またおにいちゃんだ!」
どうやら向こうも俺の事を覚えていたらしい。
俺は昼間と同じ様に、かがんで幼女に目線をあわせ、服についたホコリを払ってやった。
「ごめんね、ちょっとボーっとしてた」
「ううん、わたしもちゃんと前を見てなかったから。ごめんなさい」
俺は礼儀正しいケモ耳幼女の頭を撫でてやった。
すると幼女はよろこんで去っていった。
「バイバーイ! またね、おにいちゃん!」
「ああ」
俺はケモ耳幼女に手を振った。
なんだか、少し心が落ち着いた気がする。
いつまでも悩んでいても仕方が無い。今日はもう暗くなってきたから、冒険者としてがんばるのは明日からだ。
冒険者としてお金を稼いで、おいしいものを食べて、ゲームの世界を堪能しつつ、いずれは自分の家を持とう。マイルームがあるが、家自体は持っておいた方が何かと良いだろうしな。
メインストーリーはなるべく見てみたいが、勇者ではない、勇者の仲間でもない俺がかかわるのはストーリーを変えてしまう事になるので、できるだけ控えた方がいいだろう。
コッソリ見るくらいならいいかな? まあ、俺は俺のストーリーを楽しもう。
「よし、そうと決まれば、まずは今日泊まる、宿を探そう」
外はだいぶ暗くなってきた、今日泊まる宿を探さなければ、野宿になってしまう。
この時間でもあいているだろうか?
俺はゲームでもよく世話になった宿に向かおうとした。
だがそこで思い当たる。
ゲームでよく世話になっていたという事は、そこには勇者がいるんじゃないか? もちろん女勇者である、ユミーリアも。
今、ユミーリアに会うのは、正直気まずい。
だとすると、他の宿屋がいいだろう。
しかし、ゲームでは宿屋は1つしかなかった。
俺は宿屋を探して街を探索する事にした。どうしても見つからない場合は、勇者と同じ宿屋にするしかないだろう。
そう思って歩いていると、見た事ない宿屋を見つけた。
《ヤードヤの宿》
この世界の文字でそう書かれていた。
俺は宿屋のドアを開けて、中に入った。
「あっ!」
そこには、さっきのケモ耳幼女がいた。
「いらっしゃいませ! おにーちゃん!」
どうやら彼女は、ここの従業員だったようだ。
きっと縁があったんだろうなと思い、俺はこの宿屋に決めた。
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