神の尻を持つ俺がゲームの世界で最高のエンディングを目指す!

きゅんZ

第1話 神様、痴漢は犯罪です。

 平日の朝、満員電車の中で、俺は身動きできずに居た。

 それはいつもの事だった。満員電車の中で手を動かす隙間すら無い。


 そう、それ自体はいつも通りだった。

 いつもと違うのは、俺の後ろ。



 正確には……俺の尻だ。



 ……どう考えても、尻を撫でられている。痴漢か?

 俺は男だ。ならば相手は女か? 男だったら……どちらにしても最悪だ。気味が悪い。

 わからない、いったい何が目的なんだ? どうしたらいい?


 突然の事に、俺はパニックになって声も出せずにいた。


 そんな俺の頭の中に、ささやく様な声が聞こえた。



「天崎 陸斗(アマサキ リクト)、30歳、独身、中肉中背、会社勤め、趣味はゲーム、特にRPGが好き。これといって特技は無いが、とても良いお尻を持っている。最近は人生にハリが無く、刺激を求めているが自分からは大胆な行動できないでいる為、退屈な毎日を送っている」



 それは俺の情報だった。

 相手は声を出していない。

 直接頭の中に音声が入って来る様な感覚だった。


 何者だ? なぜ俺の事を知っている? そしてなぜ……こうして俺の尻を触っているんだ?


 俺は怖くなった。自分の情報が相手に知られており、その相手は相変わらず、俺の尻を撫でている。


 俺が恐怖を感じていると、声は続きを語った。


「ふふ、素晴らしいお尻です。つい触ってしまいました」


 何がつい触ってしまっただ、思いっきり撫でてるじゃないか! しかもちょっと気持ちよくなってきた……って俺は何を考えているんだ!


「そうだ! 素晴らしいお尻のお礼に、退屈な人生を送るあなたに、新しい人生を授けましょう。そうですね、あなたの好きなゲームの世界なんてどうでしょうか?」


 いきなり何を言い出すんだこいつは?

 俺はうさんくさいと思いながらも、恐怖で身体が固まって相手の方に振り向けずにいた。


「せっかくだから肉体も16歳位に戻して……そうだ! チート能力も差し上げましょう。なに気にしないでください。最近我々、神々の間では異世界に人間を送って観察するというのが流行っていましてね。私もそれにあやかろうというわけです。肉体の若返りやチート能力を授けるのは、あなたの素晴らしいお尻に対するご褒美だと思ってください」


 さっきから何か言う度に俺の尻がひたすら褒められているが、全然うれしくない。

 というか気持ち悪い。

 尻の話のせいで、相手の言葉もしっかりと頭に入ってこない。


「それでは、もうこちらの世界には戻ってこられませんが、第二の人生、楽しんでくださいね。良きお尻を、ありがとう」


 俺は相手の言っている事を理解できないまま、意識を失った。




 目を開けると、知らない場所に居た。


 地面はアスファルトではなく石だし、家も白い石造りのものから粘土と木で造られたもの、赤レンガのものなど、テレビで見た様な洋風の街並みだった。


 どう見ても日本ではない。

 行き交う人々も、服装が現代日本のそれではなかった。

 誰もスーツを着ていない、どちらかといえば、民族衣装に近かった。


 ゲーム脳の俺から言わせれば、それらは……良くあるRPGの世界の街、衣装そのものだった。


「な、何なんだこれ?」


 しゃべってみて驚いた。声が若い。

 自分の格好を確認すると、服装が変わっていた。


 スーツ姿だったはずの自分の服は、質素な布の服、布のズボンになっていた。

 肩にかけていたカバンも、薄い皮のカバンになっている。


 わけがわからなかった。



「いたっ!」


 ボーっと立っていると、幼女が俺の足にぶつかってきた。


 見ると幼女の頭にはケモノ耳がついている。

 俺は改めて、この世界がファンタジーなんだなと認識した。


「ご、ごめん。大丈夫か?」

「うん、だいじょうぶ」


 俺はかがんで、ケモ耳幼女に目線をあわせ、服についたホコリをはらってあげた。


「ありがとう、おにいちゃん」

「ああ、気をつけてね」


 ケモ耳幼女は手を振って元気に走っていった。



 彼女のおかげで、いくらか冷静になれた。


 俺は現状について考える事にした。……幼女が俺にぶつからない様、道の端に寄って。



 あの時、俺の尻を撫でていた人物の話を思い出す。


 確か……俺をゲームの世界に送ると言っていたか? 第二の人生だとか、16歳だとかチートだとか、色々言っていた気がする。


 全部、尻の話のせいで、ちゃんと覚えてないが。


 あの人物の言う事が本当なら、あの人物は神様で、俺の尻が素晴らしかったから、俺をゲームの世界に転生させた、という事か? 16歳に若返って、チートを貰って?


 あまりにも都合が良すぎる話だった。

 正直に言うと、まさに俺が普段から求めていた展開だ。元の世界に帰れなさそうな事と……尻の話以外は。


 まあ、家族とは疎遠だったし、友達も少なかったから、元の世界に帰れない事はある程度あきらめがつく。

 しかし、ここまで都合が良いと、逆に不安になってくるな。


 俺はまずはこの世界が本当にゲームの世界なのか、どのゲームの世界なのか確かめる事にした。



「す、すみません。旅の途中なんですけど、この街の名前を教えてもらえますか?」


 俺は親切そうなおじいさんに話しかけた。


「なんじゃ、街の名前も知らんでおるのか? ここはキョテンの街じゃよ」

「え? キョテン?」


 俺は思わずおじいさんに聞き返した。


 キョテンの街。それは……俺が昔から最も好きだったRPG、《クエスト オブ ファンタジー》に出てくる街の名前だった。


「そうじゃ。なんじゃ知っておったのか?」

「いえ、旅の途中で聞いた事があったんです。ありがとうございます」


 俺はおじいさんにお礼を言って、その場を離れた。


 そうして見返してみると、街の構造に見覚えがある。



 ここは、キョテンの街だ。若干知らない建物は増えているが、間違いない。

 宿屋の場所も、武器屋の場所も、ほとんど俺が知っているキョテンの街と同じみたいだ。


 という事は、ここは……《クエスト オブ ファンタジー》の世界なのか?



 《クエスト オブ ファンタジー》、通称クエファン。

 俺が小さい頃に発売され、3回もリメイクされている、国民的RPGだ。


 主人公は冒険者としてこの街に訪れて、冒険者ギルドで勇者と認定され、様々なクエストをこなしながらランクを上げて、やがて復活する邪神を倒すという物語だ。


 俺もこのゲームが相当好きで、リメイクされる度に新しい要素に感動して、何度も何度もプレイしていた。


 だからこそわかる。少なくともここはキョテンの街だ。


 街の配置、街からも見える大きなお城、そして……あの巨大な樹。



「あれは多分、霊聖樹(れいせいじゅ)、だよな?」



 街の中心にある、巨大な樹、霊聖樹(れいせいじゅ)。

 このゲームにおいて、とても重要な樹だ。


 霊聖樹からは聖なる気が放たれており、人々に活力を与え、魔物を街から遠ざける役目を持っている。まあ、魔物が街に入ってこない事の理由付けみたいなものだな。


 そしてあの霊聖樹の下には、実はこのゲームのラスボスである、邪神が封印されている。


 霊聖樹を見て、俺はこの世界が、クエファンの世界だと確信した。


 さて、そうなると、これからどうするべきか。

 ストーリー通り、まずはギルドに行くべきか、それとも一度、霊聖樹を見に行くべきか。



 そう考えていると、急に空気が変わった気がした。


 原因は、前から歩いてくる男だというのがすぐにわかった。


 サラサラの金髪と赤い瞳、見る者全てを魅了する、パーフェクトイケメン。



 このゲームの、勇者だった。



 ゲームのパッケージや攻略本で何度も見た、クエファンの勇者そのものだった。


 勇者は街を眺めながら歩いていた。

 そして、俺の横を素通りしていく。


 やがて勇者は去っていった。



 ……わかった事がある。

 俺は勇者ではない。勇者としてこの世界に来たのではないのだ。


 ならば俺の役目はなんだ?

 俺の格好は、ハッキリ言ってただの村人Aだ。


 おそらく、俺はこのゲームの世界において、役目を持たない、何者でもないキャラクターなのではないか?



 ……だとすれば、勇者がちゃんと居るなら、俺は別に決められたストーリーにとらわれず、この世界を好きに楽しめるんじゃないか?


 そうだよ、せっかくゲームの世界に転生したんだから、邪神と戦うのは勇者に任せて、俺は思いっきり、好きに生きていこう!


 ゲームでは見れなかった場所を見たり、メインストーリーを隠れて見たり、モンスターと戦ったりレベルを上げたり、ゲームの中のキャラと恋に落ちて恋愛ゲームになるのもいいかもしれない。


「よし、ひとまず今後の方針としては、勇者がゲームのストーリーを終わらせるのを見届けつつ、俺は俺で色々やってみるって所かな」


 俺はなんだか楽しくなってきた。


 こうして見ると、見るもの全てが素晴らしいものに思えてくる。

 まるで大好きなゲームを再現したテーマパークの様だ。


 そうと決まれば、まずは霊聖樹を見に行こう。

 なに、邪神と戦うわけじゃないんだ。気軽に観光気分で行こうじゃないか。


 俺は足が軽くなった様な気がして、足早に霊聖樹に向かった。




「すげえ……」


 実際に見ると、霊聖樹はとても大きかった。下からではてっぺんが見えない。

 迫力があるし、確かに周囲には、聖なる気みたいなものを感じる気がする。


「この下に、邪神が封印されてるなんて、嘘みたいだよな」


 物語の終盤では、この樹の下から邪神が復活し、この樹も暴走して街を襲う事になる。

 しかし今は、とてもそうは見えない。


 俺はそっと、霊聖樹に触れてみる。


 するとぼんやりと、霊聖樹が光った気がした。


「な、なんだ? 今のは……」


 俺はビックリして思わず樹から手を離した。



「あなた、そこで何をしているの?」



 ふいに声をかけられた。

 しまった、今のを見られたかもしれない。


 俺は振り返って、声の主を見た。




 一目惚れだった。




 サラサラの金髪、燃える様な赤い瞳。りりしい顔。

 服の上からでもわかる抜群のプロポーション。

 誰もが振り返るであろう美少女。


 何より特徴的なのは、ゆれる3つのテール。

 ツインテールの間から、ポニーテルが付け足された様に生えている。


 現実的にはありえない、アニメやゲームならではの髪。

 トリプルテール。



 このゲームの女勇者だった。

間違いない、何度もゲームで、攻略本で見た、このゲームの一番人気のキャラクターだ。



 俺はそんな彼女を、吸い込まれる様に見つめた。

 実際に見ると、ゲームと違って、可愛いってレベルじゃない。超絶可愛い。


 まさに、一目惚れだった。

 見ているだけでドキドキしてくる。トリプルテールが風にゆれるだけで、ときめいてしまう。



「あなたが今、霊聖樹に触った時、霊聖樹が光ったわよね? いったい、何をしたの?」


 女勇者が俺に話しかけてきていた。

 声も可愛い。耳が幸せだ。



 ……なんて考えている場合じゃない。


 霊聖樹には、手を触れたら光るなんて設定は無い。

 という事は……さっきの俺の行動はメチャクチャ怪しく見えるだろう。


 女勇者も、あきらかにこちらを警戒している。


「もう一度聞くわ、あなた、霊聖樹に何をしていたの?」


 女勇者が近づいてくる。


 風に乗って彼女の良い匂いがしてくる。



 その時、彼女が何かにつまづいた。バランスを崩しながら、こちらに急速に近づいてくる。


「きゃっ!」


 俺は倒れそうになった彼女を支えようとしたが、勢いよくこちらに倒れてきた彼女を支える事ができなかった。



 俺は彼女……女勇者に、押し倒される形になってしまった。


 俺の手には、やわらかい何かの感触があった。

 ……それは女勇者の、たわわに実った大きな果実だった。


 俺はつい、そのやわらかい果実を揉んでしまう。


「……」


 俺と女勇者は、至近距離で見つめあう。


 すると急に、彼女のりりしい顔がふにゃっとくずれて、耳まで真っ赤になった。


 終わった。きっと俺はこのまま、彼女に殺されるだろう。

 そう思っていた。


 ところが、彼女の口からもれた言葉は、俺の想像とは違っていた。


「せ……」

「せ?」



「責任、とってくだしゃい」



 《責任をとりますか? はい・いいえ》



 俺の頭の中に、選択肢があらわれた気がした。

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