第95話 飛べ、ピーチケッツ号!

 前回のあらすじ


「わしじゃよ!」



「それで、どうやってその飛変石(ひへんせき)を使うんだ?」


 話がまったく前に進まないので、とりあえず俺から切り出す事にした。


「うむ、よくぞ聞いてくれた! 確かに今ではこの飛変石の使い方を知る者はおらんじゃろう。だがしかし! たったひとりだけ知っている者がおる、そう、それこそが!」


 アーナはクルッと一回転して、自身を指差す。


「わしじゃよ!」

「わしじゃよ!」


 コルットが隣でマネをしていた。


「ほう、お主、名前は?」

「コルット!」

「うむ、そこでわしじゃよと言えれば、合格じゃな!」


 アーナがコルットの目線までかがんで、二人は手を取り合う。


 マズイな、コルットが変な影響を受けない内に話を終わらせないと。


「と、とにかく、あんたが使い方を知ってるのはわかった。俺達にはどうしても空飛ぶ船が必要なんだ、お願いできるかな?」


 俺の言葉を聞いて、アーナがスクッと立ち上がる。


「任せておけい! 聞けばお主はこの街を救ってくれたそうではないか。わしはその時出かけておったのでお主の活躍は見れなかったがの!」


 アーナはそう言って、俺達の船、ピーチケッツ号に乗り込んだ。


「ふむ、良い船じゃな。全体的にピンク色なのがアレじゃが」


 そうなんだよな、ほんと良い船なんだよ、名前と色以外は。


「さて、それでは始めるとするかの。まずこの飛変石を船に置く。そしてそこにお湯をかける!」


 アーナはいつの間にか用意していた水差しを取り出し、飛変石にお湯をかける。


「そして、3分間待つ!」


 ……いや、なんだそれ? カップラーメンかよ!


「ほれ、飛変石がどんどん船に溶けていくじゃろ?」


 なんと、アーナの言う通り、飛変石がお湯で溶けていった。


「そしてここで! 魔力を注ぎ込む!」


 アーナが飛変石が溶けた辺りに向かって魔力を放つ。


 するとピーチケッツ号全体が光りだした。


「ふう、これで終了じゃ。これでこの船は魔力を動力にして、空を飛ぶ事が出来る様になったぞ」


 アーナが額の汗をぬぐう、フリをする。別に汗なんてかいてなかったと思うが、もはや突っ込むまい。


「魔力を動力にするのか」

「おおっと! 誰の魔力でも良いわけではないぞ! 最初に魔力を注ぎ込んだ者の魔力が必要じゃ、つまり……」


 アーナが空を飛び、空中で一回転して着地し、自身を指差す。


「わしじゃよ! ぐぶっ!?」


 ビシッと決めた所で、後ろからカマセーヌさんが、ホウキでアーナの頭を思いっきり叩いた。


「何やってますの! 最初に魔力を注ぎ込んだ者の魔力が必要なら、なぜあなたが魔力を注ぎ込むんですか! 馬鹿なんですの!?」


 カマセーヌさんがバシバシとアーナをホウキで叩いていた。


「リクト様! 申し訳ありません! まさかこの様な事になるとは……このお馬鹿は縄で船の底に縛り付けておきますので、どうかご容赦を!」


 カマセーヌさんが土下座してくる。


「い、いや、何もそこまで……」

「今リクト様に見捨てられたら、この街は終わりですのよー! 何とかご容赦をー!」


 カマセーヌさんがすがりついてくる。


「そ、そんな事は」

「いえリクト様。カマセーヌ様の言う通りです」


 そこに入ってきたのは、マキだった。


「先ほどカマセーヌ様が仰っていましたが、今やリクト様は各国が無視できない英雄です。加えて帝国との戦争を控えたこの時期、リクト様が和平の象徴となっているのは確かなのです」


 マキがとんでもない事を言い出した。

 いや、そういえば前にも似た様な話を聞いたな。


「俺が、和平の象徴か。なんか実感ないんだけど?」


 俺の疑問に、カマセーヌさんがガバっと起き上がって答えてくれる。


「説明いたしますわ! まず、リクト様はセントヒリアとウミキタ、そしてこの街パッショニアを救ってくれた英雄です、そしてウミキタ王国では先頭に立って帝国軍と戦い、それを退けたと聞いていますわ」


 まあ、自己防衛だったけど、帝国軍や邪神の使徒を倒したのは確かだ。


「これからの帝国との戦いにリクト様の力は必須です。そんなあなたを取り込もうという連中は多いですわ。そんな中、ウミキタ王が自分の娘を差し出したと聞かされれば、当然周りはあせります」


 そう言われて、俺はマキを見る。


「はい。私が希望したというのが一番ですが、お父様にそういう意図があったのは確かです。自国の姫が身内にいれば、少なくともウミキタにあだなす事はないだろうと」


 マキがそう言って頭を下げる。


 いや、別に俺、国にあだなそうなんて思ってないぞ?


「マキ様の言う通りですわ。まあ、私はリクト様の人柄は存じていますので、そういった心配はないと思いますが」


 カマセーヌさんがそう言いながら、おおげさに天をあおぐ。


「それでも! 国というものはそう簡単にはいかないのです。私のパッショニアはまだ国としては認められていませんが、いずれは国を築き上げようとしております。そこにきてこの状況、パッショニアとしてはぜひリクト様に取り入りたいのです!」


 取り入りたいって、また直球できたな。


「セントヒリアはリクト様の実家がありますし、ロイヤルナイツのひとりは嫁候補、セントヒリアの勇者も嫁候補、加えてあのリュウガ様の娘も嫁候補、さらにリクト様自身もリュウガ様の弟子だというではありませんか。そこへウミキタのお姫様まで嫁候補になったとくれば、パッショニアも嫁を差し出すしかないじゃないですか!」


 嫁候補、と聞いて、ユミーリアとエリシリアの顔が赤くなる。


「よよよ、嫁って……リクトの、お嫁さんかぁ」

「わ、私はリクトのものだからな! まあ、そういう事あるかもしれんな」

「よめこうほ?」


 ユミーリアは大慌てで、エリシリアはこちらをチラチラ見ている。コルットは、わかってないな、アレは。


「そして何より」


 まだあるのか?

 俺はちょっとうんざりしてきた。


「あのヒゲゴロウ様が、リクト様にたいそう惚れこんでいると聞けば、もはや手段を選んでいられないのですわ!」



 ……え? ここでヒゲのおっさんが出てくるの?


「そうですね、国が関係ないとしても、ヒゲゴロウ様がリクト様を推しておられる時点で、リクト様の存在は無視できないものとなっています」


 マキもヒゲのおっさんの名前を出す。


「何者なんだよ、ヒゲのおっさん」


 俺の問いに、マキが答えてくれる。


「ヒゲゴロウ様は各国の王と仲が良く、以前は誰もが認める英雄だったと聞いています。あいつにだけは勝てないと、父がよく言っていました」


「私も団長から聞いた事があるな、ヒゲゴロウ殿と出会ったらかかわらない様にしろと、皆によく言っていた」


 エリシリアもか。

 ヒゲのおっさん、過去に何やったんだよ?


「パッショニアも、ヒゲゴロウ様にはとてもお世話になっております。あの方を敵にまわす事は、死を意味するのです」


 おおげさ、でもないのか? 少なくともカマセーヌさんやマキ、エリシリアはそう信じている。


 あのヒゲのおっさんがねえ。

 ただの万年Cランク親父じゃなかったのか。


「そういうわけですからリクト様! この馬鹿者の事は忘れて、私と結婚して下さい!」

「ええい、馬鹿はお主じゃカマセーヌ!」


 今度はカマセーヌさんを、アーナが突っ込んだ。


「この流れで結婚を申し込む馬鹿がおるか! ちっとは殿方の心情というものを考えんか!」

「なっ! あなたにだけは言われたくありませんわ!」


 カマセーヌさんとアーナが取っ組み合う。


 なんだ、この状況。


 整理するとだ、俺の今までの戦いと、コルットの親父さんとヒゲのおっさんのせいで、俺が和平の象徴だとかそういう重要人物になっているらしい。だからみんなが俺に取り入ろうと必死になっていると。


 この世界の主要な国と街は、セントヒリア、ウミキタ、デンガーナと、ここパッショニアだ。

 セントヒリアとウミキタが俺に取り入った今、パッショニアとしては負けてられないって事か。


 そう考えると、これからデンガーナも俺に対して何かアクションを起こしてくる可能性があるのか。


 デンガーナか。西の方にあるって事以外は、まったく知らない国なんだよな。

 ゲームでは無かった国だ。いったいどんな国なんだ?



「リクト様! このお馬鹿の失態を取り消す為にも、ぜひ私と結婚を!」


「だからそういう言い方では殿方はなびかんと言うとるじゃろうが! それにお主が嫁に行ったら街の運営はどうなるんじゃ! ちっとはそこら辺も考えてから発言せんか!」


 お互いのほっぺたを引っ張り合う二人。


 しかし少なくとも、アーナの言う通り、俺はカマセーヌさんを嫁にしようとは思えない。


「いいから聞けい! 船の事じゃが、わしは何も考え無しに行ったわけではない!」

「じゃあどうするつもりですの!?」


「よいか? 魔力を供給出来る者がこの船に乗っていればいいのじゃ! つまりついていけばいいのじゃよ! まさに今あの船に必要なのは……」


 アーナがカマセーヌさんから逃れ、立ち上がって自身を指差す。


「わしじゃよ!」


 え? なに? この人ついてくる気なの?


「ほれ、わしがこやつのそばいれば、パッショニアも安泰じゃろう?」


 アーナの言い分に、カマセーヌさんがくってかかる。


「あなたパッショニア出身でも正式な住民でもないじゃないですか! 勝手に街の近くに家を建てただけでしょう! それにあなたが居たらパッショニアの印象が悪くなるだけです!」


 酷い言い様だった。だが、確かにそんな気もする。というかこの街の住民じゃなかったのかよアーナ。


「酷いのじゃ! わしはこの街の住民だと思っておったのに」

「ならせめて街の中に家を建てるか、会議に参加して下さい! 今まで何度も言ったのに聞いてくれなかったじゃないですか!」


「うむ、面倒くさいのじゃ!」


 再びアーナとカマセーヌさんが取っ組み合う。


 いつまでやるんだよ、これ。



 結局、ピーチケッツ号が空を飛ぶ為の動力、いわば電池として、アーナがついてくる事になった。


「ちなみにわしは戦えんからな! あくまでブレーンとして扱うが良い」


 アーナがエリシリアより大きな胸を張ってそう言い放った。


 見た目は好みなんだけどな、なんかアレだ。出来るだけかかわりたくない。


「リクト様、いざとなればアーナさんは船から捨てて頂いても構いませんので」


 カマセーヌさんが物騒な事を言っていた。


「ですが、アーナさんの言う事も一理あります。私は今、このパッショニアを離れる事は出来ません。ですからリクト様! ちゃんとしっかりとした女性を用意しておきますので、ぜひまたここに寄ってくださいね!」


「は、ははは」


 正直、これ以上嫁は要らないんだけどなぁ。


 そんな風に考えていると、マキが俺にコッソリと話しかけてきた。


「仕方ありませんよリクト様、もしセントヒリアとウミキタとパッショニアが同時に敵に攻められたとしたら、どこから助けますか?」


 同時に攻められたら、か。


 確かにそうなると、俺達の家があり、エリシリアとコルットの故郷でもあるセントヒリアはまず助けたいし、マキの第二の故郷でもあるウミキタも放ってはおけない。


「ああなるほど、そういう事か」


 現状、そういう状況になった場合、パッショニアを助ける優先度はどうしても下がってしまう。

 そこで俺の身内にパッショニア出身の者がいれば、また変わってくるというわけか。


「カマセーヌ様もひとつの国になろうとしている街を預かる方ですから、察してあげてください」


 マキがそう言って頭を下げる。


 どうにも俺はその辺りの、国だの政治だのについて考えるのは苦手だ。


 そういうのはマキに任せたい。

 けど、そうするとウミキタが優先になってしまうのか?


「うーん」


 なんかもう、全て忘れてみんなとイチャイチャしたい。

 そんな気分になった。



「さて、それではいよいよ飛ぶぞ!」


 アーナが張り切って魔力を高め始めた。


 アーナの手が光り、ピーチケッツ号も光り始める。


「お、おお!」


 フワッと船が浮いた。


 船はどんどん上昇していく。


「す、すごい、すごいよリクト!」

「おにーちゃん! 飛んでる! 飛んでるよー!」


 ユミーリアもコルットも目を輝かせて大興奮していた。


 俺も実際にこうして船が空を飛ぶと、ワクワクしてくる。


「どうじゃ! すごかろう? これも全てわしの魔力のおかげ、そう! この船を操るのは……」


 アーナがいつも通り、自身を指差してウインクする。


「わしじゃよ!」


 うん、なんかいい加減、慣れてきた。


「さて、リクトよ! とりあえず飛んでみたが、これからどこへ行くんじゃ?」


 どこへ行く、か。


 魔王が乗っている戦艦は今、帝国に居るはずだ。今向かえば、帝国とやりあってしまう事になる。


 ならば先に、勇者の装備を集めた方が良いだろう。


「空飛ぶ島だ。そこに伝説の勇者の装備がある」


 俺の言葉を聞いて、アーナがニヤリと笑う。


「ほう? あそこか。なるほど、確かにあそこに行くにはこいつが必要じゃな。よかろう! 空飛ぶ島、オチルデに向けて、出航じゃ!」


 オイちょっと待った。なんだよその名前、オチルデって、空飛ぶ島なのにその名前で大丈夫なのか?


 アーナが魔力を放出すると、船の向きが変わり、進みだした。


 風が気持ち良い。


「というかアーナ、空飛ぶ島について知ってたのか?」


 アーナが俺に振り返る。


「うむ、あそこにはプリムチ族が住んでおってな。以前何度か知り合いの竜族に連れて行ってもらった事があるのじゃ」


 プリムチ族か。

 なんとも興味をそそる名前の種族だ。


 アーナみたいなプリっとしたムチムチの女性が多い種族なのだろうか?


 俺はちょっと楽しみになってきた。


「竜族だと? 竜族は100年前にこの世界から姿を消したと聞いていたが?」


 エリシリアがアーナに話しかける。


「そうじゃな。あれは悲しい事件じゃった。わしが以前オチルデに行ったのは200年前の事じゃよ」


 200年前って、アーナ、いったい何歳(いくつ)なんだよ?


「なんて話しておる間にほれ、見えてきたぞ。あれが空飛ぶ島、オチルデじゃ!」


 アーナが指差す方には、空飛ぶ島が見えた。


「さて、上陸じゃ!」


 ピーチケッツ号が、島の広場にゆっくりと降り立った。


 船が地面につき、俺達は辺りを見渡す。


 船が降り立った場所はひらいた平原だった。


 周りは森に囲まれている。



「何者だ!」


 その時、声が聞こえた。


 森から人が出てきて、気付くと俺達の船はたくさんの人に囲まれていた。


 皆ヤリを構えて、こちらを見ている。


「アーナ、もしかして、この人達が?」

「そう、プリムチ族じゃ!」


 プリムチ族。

 確かにその言葉に、偽りは無かった。



 俺達は、プリッとしたムチムチの、筋肉マッスルな男達に、囲まれていた。



「ちくしょう! よくも騙したなぁあああ!」



 俺の声が、周囲にむなしく響いた。


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